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【SS】大型炉端焼き店の会計係

 とあるビルの4Fに大きな炉端焼きが店を構えていた。結構な人気店で芸能人も時々訪れる。魚や野菜を焼く網の周りに40席、それが二箇所あり、それぞれに板前が3人ずつついている。そしてテーブル席は、6人がけ席が2つずつで2列並んでいるようなかなり大きな炉端焼きの店である。

 このお店の入り口には、会計をするところがある。会計係は姉妹店である5Fの会計係と相互補完している。ピークの時間帯はお互いがお互いの持ち場を離れないようにしているが、それ以外の時間帯は休憩をしたり、どちらかが休みだっりすることがある。そんな時は、呼び出しベルを使って4Fと5Fを行ったり来たりすることになる。どうしてもそれぞれのお客様が被ってしまった場合は、マネージャが会計担当を担うことになる。マネージャはなんでもできないといけない。

 4Fの会計係は実はお金持ちのおばさんでパートタイムで勤務している。とても静かでゆっくりとした口調で話す人であり、雑踏とは無縁のような人だ。いつも綺麗なドレスを纏い、背筋が伸びて気品高く歩く。炉端焼きには似つかわしくない人だと感じていた。会計係の時給は極めて安いのだが、彼女の目的はお金ではなかった。彼女は投資家であり作家だった。収入は投資により成り立っていた。彼女自身が操作をしているわけではなく、証券会社の専門の担当が時折自宅まで来て、次の投資先の説明や成果の報告を受け、その後収益を確認するだけだった。それだけ大口の投資家だったのだ。従って、本業は作家ということになる。彼女は人の生活の中にあるありふれたものを上手に文字を紡ぎ文章に組み立てるのが得意だった。生活とか愛とか子育てとかを題材に本を書いていた。

 彼女が会計係としてパートをしている理由を聞いたことがある。本来なら仕事をする必要のない暮らしであり、とても不思議だったのだ。

 彼女は言った。

「人の観察が好きなの。小説の材料になるから」

 彼女は、お店に来る若いカップルやサラリーマン、酔った人、シラフの人、集団で来る大学生、ちょっと歳をとったカップルなどのお客様を鋭く観察し、日々の小説に生かしていたのだ。彼女にとっては取材だけどお小遣いも入るという一石二鳥だったようである。

 もちろん、会計の時に、「お料理とお酒はご満足いただけましたか」と聞きながらお客様の反応をみることも忘れてはいなかった。


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