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人格詐称 第四章

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第四章 見つかった水死体


 翌日のニュースで真鶴で女性の水死体が上がったと報道された。どうやら海流に乗って小田原を越え真鶴まで流れたようだ。真鶴の磯で釣りをしていた人が見つけて通報したようだ。結構岩場にぶつかったようで遺体の損傷は激しかったようだ。このニュースを確認した優は将来に向けたアリバイを作っておこうと考え、綾を誘っていた。二日前と同じいい天気に恵まれた気持ちのいい日だった。心理的な記憶の曖昧さを利用したアリバイづくりに挑戦しようと思っていたのだ。


「綾、今日はちょっと付き合ってくれないかな。気晴らしに出たいんだけど、一人じゃつまらないから」
「えっ、でもお仕事が」
「仕事は一日くらいいいよ。僕に付き合うのも仕事だと思ってくれ」
「分かりました。では着替えて参ります」
「OK。じゃあ、車で待ってるよ」

 着替えを済ませた綾がやってきた。優は普段着の綾をあまり見ることはなかったがいたって質素な格好だった。意外と可愛いんだなと心の中では思っていたが、今日は目的があるので余計なことは考えるのは止めようと考えた。早速赤いカイマンを走らせて葉山方面に向かった。そして、二日前に女性を拾った自動販売機の前にハザードをつけて停車した。

「どうしたんですか。こんなところで」
「ごめんごめん、ちょっと喉渇いたなと思ってさ。コーヒー買ってきて」
「えっ缶コーヒーなんて飲むんですか」
「あぁ、たまにはね。綾も好きなもの買っておいで」

 綾は助手席の間のドアを開け、自動販売機で飲み物を買って戻ってきた。

「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう。よし、クルージングに行くぞ」

 優は、車を葉山マリーナに向けて走らせた。しばらく走ると駐車場について、二日前に止めたところと同じ場所に止め、監視カメラに映らないルートで、二日前と同様に綾をクルーザーまで連れていった。そして、二人でクルーザーに乗り込み、二日前と同様に綾をキャビンの中に入らせた。江ノ島沖まで走らせてクルーザーを一旦止め、綾をキャビンの中から呼び出した。

「どうだ、気持ちがいいだろう。江ノ島沖だよ。ここが好きなんだ」
「ほんと、気持ちいいですね。眺めも最高」
「ははは、そうだろう。後ろの方に行ってごらん。運が良ければ魚が泳いでいるのが見えるよ」
「本当ですか」

 綾は船尾の方へ行き前屈みになって海を覗き込んだ。波で時折横揺れがしていた。優は、とっさに綾を支えていた。

「あんまり前のめりになったら落ちてしまうぞ」
「だってお魚がみえなかったんですもの」
「よし、そろそろ帰ろうか」

 ほぼ二日前と時間的にも同じ行動になっていることを計算しながら、優はクルーザーの向きを変え葉山マリーナに戻った。そのまま車まで監視カメラに映らないように綾をつれて車に戻った。そして、自宅に戻った時には日暮れ前だった。優が考えていたのは万が一のためのアリバイ作りだった。

「万が一警察が僕のところにたどり着くとしても、少なくとも三ヶ月くらいより先になるだろう。最初はあの女性の彼氏を捜索するはずだし、うまくすれば自殺で処理されて終わるだろう。しかし、水死体が翌日に発見されなかったことを考えるとやはり思っていた海流とは違う流れに乗って流れたようだな。そうすると、自殺した場所が疑われることになる。小田原方面に自ら移動して海に飛び込んだか、船で沖まで行って飛び込んだかが疑われるかもしれないな。そうなると近くに停泊していてその日に動かした形跡がある船が調べられるはずだ。しかし、記録はないから聞き込みになるだろう。ということは曖昧な記憶がアリバイとして役に立つようにできる。今日の行動を二日前だと綾が錯覚すればそれでできあがりだ。綾は、予定と実績をタブレットで管理していて、クラウド経由で僕も見られるようにしている。つまり、記憶が薄れる頃、そう数ヶ月したら今日の予定と実績を二日前の事として書き換えてしまえば全ての辻褄が合うだろう」

 優でなければ思いつかないような、記憶が曖昧になった時に頼れる記録を書き換えるという工作だった。

 そして、水死体発見から半年が過ぎた。優の考えていた通り、優まで辿り着くことはなかった。一向に警察が優のところに来る気配はないのだが、ここで気を緩めるわけにはいかない。念には念を入れて半年前の予定をこっそりと書き換えておいた。綾も一時の気晴らしで誘われたドライブだと思っていたので強い印象も残らず、クルーザーの楽しい思い出程度の記憶となっていた。当然、日付までは覚えてはいなかった。なんとなく半年くらい前というレベルである。優は、綾の記憶を確認したい衝動にかられてはいたが、余計な刺激を与えて鮮明な記憶にしてはならないと考えて何も言わなかった。それよりも、そろそろ次のターゲットを探したいなと考え始めていた。前回の女性は死んでしまうまでに2分ほどかかった。もっと早く死なせることはできるのだろうかと考え始めたのだ。苦しめるのは好みではない。できるだけ早く楽にしてあげたいと考えていた。殺人者の身勝手な考え方だった。もちろん、他殺に見えてはいけない。あくまでも、事故か自殺に見える方法で2分以内の方法を妄想しながら考え続けていた。

 徐々に優の記憶から最初の殺人に関することが消え始めていた。同時に、以前の優しい優が表面に現れることが多くなっていた。そんな時の優の行動はとても人に優しく穏やかに話すようになっている。全く違う人格なのだ。



つづく


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