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《特集》カール・ホグセット氏を偲んで(3)留学メンバー座談会

Tokyo Cantatの招聘講師として1997年から2016年まで13回の登場を数え、私たちに本当に多くの大切なことを教えてくださったノルウェーの合唱指揮者・声楽家であるカール・ホグセット氏が、2021年6月2日、79歳で旅立たれました。教え子たちがホグセット先生の在りし日を偲びます。

ノルウェー留学メンバー座談会 2022/05/20@Zoom

Tokyo Cantatでカール・ホグセットさんと出会い、若い指揮者のための合唱指揮者コンクールの副賞でノルウェー短期留学を行った5人が、ホグセットさんとの思い出を語りました。

★座談会メンバー紹介

赤坂有紀
第1回若い指揮者のための合唱指揮者コンクール第1位 2009年10月~12月 約2ヶ月間の留学ホグセット氏宅にてホームステイと個人レッスン受講、GREX Vocalis演奏会へ出演ノルウェー国立音楽院授業聴講、合唱団見学、他

加藤拓(あぼ)
第2回若い指揮者のための合唱指揮者コンクール第1位 2010年11月〜2011年1月 約3ヶ月の留学
ホグセット氏宅にてホームステイと個人レッスン受講、GREX Vocalis演奏会へ出演
ノルウェー国立音楽院授業聴講、合唱団見学、他

佐藤洋人・田中絵美
第3回若い指揮者のための合唱指揮者コンクール第1位
2012年7月〜8月、2012年9月〜10月 約3ヶ月の留学 (途中1ヶ月のオーストリア留学を挟む)
ホグセット氏宅にて個人レッスン受講、ノルウェー国立音楽院授業聴講、GREX Vocalis練習参加、トーネハイム合唱講習会指揮法マスタークラス受講、合唱団見学、他

麻山皓太
第5回若い指揮者のための合唱指揮者コンクール第1位 2018年7月 約10日間の留学
トーネハイム合唱講習会指揮法マスタークラス受講、ホグセット氏宅にて個人レッスン受講、他

【Tokyo Cantat カールとの出会い】

麻山:僕とあぼ(加藤)は2004年のカレッジ・クワイアで初めて会って、3年間ずっとホグセットさんの指揮で歌ったよね。

注:カレッジ・クワイア…Tokyo Cantatのクロージング・コンサートに出演する公募合唱団の1つで、学生のみで構成される。2001年から2019年までほぼ毎年募集され、その年ごとに、ホグセット氏ほか世界の合唱指揮者が指導・指揮を行う。

赤坂:年代の違いを感じる〜。私カレッジ出たことないんだよ。若い人たちを合唱のシンガーとして育てていきたいということで、カレッジというものがホグセットさんからの提案で始まったと聞きました。

佐藤:日本ではもちろんカンタートだけど、本国のノルウェーでは、オスロ中の音楽人は皆カールを通って(指導を受けて)いましたね。みんながカールを知っている。

カレッジ・クワイアに参加した学生の多くは、卒業しても合唱活動を続けていて、大人の合唱団の団員として歌っているのが見受けられます。中には合唱指揮者として活動している人もいます。私は常にカレッジ・クワイアを「学校」と考えておりますので、指導した若い人達が一緒に関わった音楽作りに触発され、合唱活動を続けていることは、教える立場の者として大変喜ばしいことです。 ――カール・ホグセット

Tokyo Cantat 2015 総合プログラムより

【個人レッスンとシンギングテクニークのこと】

加藤:みんな個人レッスンしてもらったよね。

赤坂:「君は男子並みの倍音を持っている」って言われた。

佐藤:僕とでんちゃんは、二人で行ったからお互い見学できてすごく良かったよね。
胸板が分厚くて、後ろから見ていたらものすごく背筋使ってるのがわかって、ただ「ho〜」ってやっているだけではダメなんだ、と目から鱗だった。セミナーで見聞きしているだけではわからなかったことが留学に行ってわかったことって沢山あった。

田中:先に地声を鍛えていると、このメソッドはポンとハマるんだろうな、って思った。

赤坂:素材の違いはあるよね。

赤坂:通訳の安保さんが、日本語に変換するときに、色々と迷いながら通訳されていると仰ってた。

加藤:僕はそれまでに専門的な声楽を勉強したことはなかったので、向こうでホグセットさんと1時間以上「ho〜」っていうのをやってきました。分析とかはできなかったけど、お姿を鏡のように真似していました。帰国後の効果は絶大で、自団の合唱団の練習で、違う音が強く出るくらいの倍音が鳴ってみんなに驚かれたのは覚えているな。

麻山:僕も同じような感覚で、大学2年でホグセットさんに出会ってから一貫してこの発声をやってきたので、とにかくアタックしない、息の流れ、に集中して免許皆伝のような感覚だったし、ホグセットさんも最終的には日本に帰ってこの発声法を習得した責任を果たせ!と言われた。今、発声練習を担当する時には、ホグセットさんのメソッドをあのままの形でやり続けていて、そうするとどうなるのかな、という実験のようなことを続けているんだよね。

加藤:向こうに行くと、耳が敏感になったのは覚えています。

赤坂:白いピアノと母音が書いてある発音の紙、これは不変だね。まだあるのかな?

麻山:ピアノなんか指1本でいいんだ。歌を歌える、歌がわかるということが合唱指揮者にとって大事なんだよ、オケの指揮者にも負けないんだって自信を持っていいんだ、と言われた。

加藤:レッスンの時、まずあったかい紅茶を用意してくれて、いろんなお話を浴びるように聞かせてくれたなぁ。

田中:ホームでノルウェー語で話すときすごく静かで穏やか、英語の時よりピッチが少し高くなって、本来の彼の人柄を感じた。それはノルウェーに来ないと見れないことだったな。

加藤:僕の中ではカールのノルウェー語といえば、カーリ(奥様)と喧嘩してた時の、語尾がちょっと上がる感じとかが栃木弁ぽかったのが印象的だったな(笑)

【留学の様子】

麻山:赤坂さんとあぼは冬、田中、佐藤、麻山は夏行ったんだよね。

田中:7月は23時頃まで陽が沈まないからって、窓に紙を貼ってくれて優しさが沁みた思い出。

麻山:みんな3階のあの部屋泊まったんだね〜!ご飯もホゲさんが作ってくれてご馳走になりました。

赤坂:私の時は孫のアドリアンがまだ小さくて、おもちゃがゔわ〜っとなってたり、彼中心にお家の中が動いてたな。

田中:カーリの料理の腕を褒めてたよね。一回私とヒロトで日本のカレーを作ってみんなで食べたこともあったね。

麻山:車はホンダに乗ってて、移動中は政治の話をしていたな。日本人はもっと政治を考えて行ったほうがいいよ。移民問題とか。

加藤:カーリは流暢な英語で中国の歴史とか、沢山話してくださって、それに対して返答できなくて歯痒い思いもしました。

赤坂:カーリには本当にお世話になったな。

【発声と合唱のこと】

麻山:男声合唱を女性指揮者が振ることについて。ファルセットとミックスボイスは違って、男声合唱はファルセットではなくてミックスボイスでなくてはならない、ファルセットが入ると混声合唱になってしまうっていうことをすごく強調していた。彼女たちは音楽的にとても優秀だけど、やはり違うと思うと仰ってたな。男声合唱が失われかけている、と。

佐藤:DNS(オスロ大学男声合唱団)とホグセットさんとの関係は、シンギングテクニークやレガートの歌い方だけにとどまらず、練習後の飲み会などまで、親身になって一緒に過ごしていて、総合的に合唱を教え、教わろうとしている感じがした。発声練習ではメソードを徹底してやるんだけど、曲になるといきなりCome on!!! ってオラオラ振り出して、発声力学的な処理に徹するのではなく、音楽への熱い情熱で歌っていく歌心との共存なんだな、と思った。

加藤:GREXも全く同じ!第3音だから・・・とかブレンドさせる、マイルドにさせる、みたいなことは実は全然仰らなかったよね。

麻山:GREXの女声は前の方でピーンと出してる印象。言語が影響してるのかな。

田中:ノルウェーの合唱団ってハモる練習ってしないじゃないですか、ハモってるから。笑

麻山:ところで、ホグセットさんは声楽の勉強をしていた頃、偶然聴いたプーランクの合唱曲をなんとしてもやりたくて指揮者になった、と仰っていました。

赤坂:どこかで聞いたような話・・・。栗山先生と似てるよね。

【ホグセットさん語録】

赤坂:「ドイツ・レクイエム、栗山もきっと振りたいはずだ!」って同級生の意識を強く持たれてたよね。

田中:「僕が指揮者を辞めるときは倍音が聞こえなくなる時だ。」って言ってたのが印象的だった。

加藤:メソッドをなかなか理解してもらえない時には、というお話をしていた時、「自分の信じたことを辛抱強く、力強く伝えるんだ。決してこちらから曲げたり、諦めたりしない。それで彼らが去っていってしまうならば、それは仕方がないんだ。それを恐れて、曲げてはいけない。」と仰った。

麻山:「何をおいても指揮者にとって、音楽にとって大切なのは愛だ。指揮者はそれはきちんと準備して、技術的にも正しいことが大切だけど、それ以上に根本的なことは、愛だ。常に愛を持って合唱団と向き合い、心をさらけ出して付き合う。愛を注ぎ続けるんだ。それが時に厳しい練習にもなり得る。するとある時彼らから愛が帰ってくる。そんな素晴らしい瞬間に巡りあうんだ。」と。他にも沢山大切な話をしてくれた。

佐藤:僕も彼から頂いた「Open your Heart」っていう言葉は人生の道標です。


Carl HØGSET カール・ホグセット
合唱指揮者、カウンター・テナー、バリトン歌手。オスロ大学にて音楽学及び語学の学位を、ノルウェー国立音楽院にて声楽・合唱指揮の学位を取得。1971年にGrex Vocalisを創設。アレッツォ、ゴリツィア、トロサ、マークトーバードルフなど国内外のコンクールにて1位を受賞。1999年アレッツォ国際合唱コンクール・グランプリ受賞。ノルウェー・ユース・クワイアの指揮者としてもアレッツォ、スピッタル、カントニグリスのコンクールにおいて1位を受賞。2002年アレッツォ国際合唱コンクール・グランプリ受賞。1977年オスロにてカウンター・テナー歌手としてデビュー・パーセル、ヘンデル、グリーグ、ノールハイムの作品を集めたソロCDを1995年にリリース。ノルウェー国内外で合唱指揮・発声法を指導しており、ノルウェー国内はもとより、各国の国際合唱コンクールの審査員としてもたびたび招聘されている。その国内外の合唱界における業績に対して、ノルウェー国王より2007年『聖オラフ勲章』を授与された。著書の「Singing Technique」は10か国語に翻訳されている。2016年、NHK「奇跡のレッスン」合唱編の《コーチ》として出演し好評を博した。Tokyo Cantat への招聘は14回をかぞえる。('97、'98、'01、'04、'05、'06、'07、'08、'10、'12、'14、'15、'16、'21(オンライン審査))

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