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第二十話

 それにしても今日は驚くことばかりだった。

 久しぶりの428が映画の近未来都市そのものだったこと。

    家でアレな従兄が実はモテであったこと。

 その従兄の勤め先が図書館みたいな変な空間だったこと。

 難病を患う裸男に会ったこと。

 マチヤチノが従兄の雇い主であったこと。

 その雇い主に家庭の事情をぶちまけてしまったこと。

 後で調べた同衾の意味。

『魔睡本』のヤバい効力。

「ゆうちゃん何でもっと早く言ってくれないかなあ。」

 あんなアヤシオモロい所で働いてるなんて、と瞬は口を尖らせながら有馬に不満をぶつけた。

「何でって、お前が知らねえなんて、俺知らねえもん。」

 有馬はさも瞬が知っていて当たり前のように言うが、実際彼の職場や職業を把握している人物は、彼の実父である正一郎ただ一人であった。その正一郎と言えば口下手で言葉足らずで秘密主義の絶対家長であったから、他人とぶつかるのも無理は無い。おっとりした晴三郎おとうとを以ってしても怒るのは至極当然のように思える。大体一緒に住もうって誘ってきたのはソッチじゃないか、だったらもっと寄せてきても良くない?そもそも氷川家の構成員はタイプの違うのが揃い過ぎている、どっかの乙女ゲーじゃないんだから、そんなにキャラ立ちさせる必要ある?みんな自分勝手でバラバラ。もっとさァ、こう纏まりを持ってやって行こうよと言いたい。
  
 13歳の語彙力で、瞬は日頃家族に対して思っていることを声を大にして主張し、最後にドンと拳で机を叩いた。そんな他人の家庭の事情を、マチヤチノはお気に入りのBGMに耳を傾けるが如く頬杖をついてウキウキ聞いていた。

 この年齢不詳のゴスロリ、マチヤチノは表向き探偵業を営んでいるが、その傍らで発禁図書研究室、通称『大人図書館』を管理しており、探偵業の副業として始めたMACHIYA sleeping laboratoryの睡眠時心象観測士でもあった。さらに最近では自らを3Dキャラクター化したV tuber街夜魑之マチヤチノとしても活動している。最もV Tuberの中身は彼女だけとは限らないのだが。

 そんな多忙な彼女の職業の一つである睡眠時心象観測士は、同衾した人間の夢を自発的に共有することができる。夢を見る側よりも、より客観的かつ鮮明に夢を観測できることから、その人の自覚不能な問題を浮き彫りにしたり、それにより未来を予見できたりする。人間の脳は大量の記憶を貯蔵しているが、個人の処理能力には限界がある。応じて日々記憶を整理し、忘却することで脳をメンテナンスしているから、その全てを自覚することはできない。魑之曰く、己の脳のキャパシティを超えた記憶の行き先、例えて言うなればトランクルームやクラウドの様なものが夢であり、そこへアクセスしても尚、我を保つことが出来る者だけが心象観測士として活動することを許されるとのことだ。しかし魑之はをそんな堅苦しい肩書で呼ばれるのを好まず、自らを「添い寝師」と呼んだ。

 そして発禁図書『魔睡本』を読まされ、まんまと彼女に同衾された瞬は、そこで件の夢を見た。爽を除いた家族みんなが、同じ夢を見て同じことを忘れている。魑之にその夢を観測してもらい、一体誰に何を見つけて欲しいと頼まれたのか、瞬はその答えを得る為今日ここを訪ねたのだった。

 如何にも聖名が喜びそうな天蓋付きのラグジュアリーなベッドの上で、瞬は微かな香りに目を覚ました。薄荷や柑橘の香が焚かれているのであろう、寝起きの気怠さは無くスッキリと起き上がる。アイマスクを取って軽く伸びをすると、既にそこに添い寝師の姿は無かった。寝室に窓はなく、空調の音も聞こえない完全無音な空間。間接照明の灯りを頼りにドアを探して四方を見回すと、控え目なノックの音が聞こえた。瞬が応えると、前方の壁と同じ色のドアが開き、ひょっこり有馬の顔が覗いた。

「お、起きたか瞬。」

 時間を尋ねると、午後2時を回ったところだった。

「マジでえ〜。」

 瞬は両手で顔を覆って言った。寝落ちしたことをまるで覚えていない。ガッツリ4時間ほど眠り込んだ瞬は、促されるままにベッドから降りて廊下に出ると、最初の部屋に戻って来た。窓から差し込む夏の日差しは午後になって更に強く、ここが現実であることを示している。有馬が出してくれたグラスに注がれた水をゆっくり飲みながら、瞬は目を閉じて記憶を整理してみたが、やはり「誰かに何かを見つけて欲しい」と頼まれることしか覚えていないのだった。

 「ねえ、寝業師の人は何処に行ったの?」

 瞬が、空いたグラスを下げに来た有馬に尋ねると、廊下に繋がるドアが開き、魑之が勢いよく現れた。

「寝業師ちゃうわ!」

「間違えた・・・ええと何だっけ、夜這い師?」

「わざとかこんにゃろう。」

 魑之は機嫌が悪いのか、腕を組んで瞬の向かいにドサリと腰を下ろすと脚も組んで踏ん反り返った。鼻息が荒い。

「キミが夜這いなんて言葉を誰から教えてもらったのかは大体見当が付く。」

 魑之はジロリと有馬に一瞥くれてから、

「それと同じくらいキミが外国の血を引いてるってことは見た目で分かる。UMAのお父上は日本人だから・・・ミドリ君のお母様のご出身は?」

 と唐突に尋ねた。瞬は戸惑いながらも少し懐かしい感じがした。母を亡くしてからは聞かれることも少なくなったが、もっと幼い頃は、いつも一緒にいる聖名が他人からよくこの質問を受けていた。そして大抵その人間はこう言うのだ。「聖名ちゃんは、お母さん似ね。」

 自分は母に似ていない。確かに聖名と並べば誰しもそう思うだろう。瞬は自分の容姿を、それほどガイジンぽくないと思ってきたが、魑之が言うように自分にも母の故郷を想起させる特徴があるのだと再認識した。

「お母さんの故郷はドイツなんだって。でもおばあちゃんはイギリスの人で、若い時にボウメイ?してきたらしい。」

 昔、父に聞いたままを答えた。

「じゃあ、彼女が聖名ね?」

「カノジョ?」

今日イチ驚いたのは、正直その答えだったかも知れない。


 



 










序〜第三話、はてなブログからの転載です。