見出し画像

【202310(14)+X】 ”おとな”の居場所

──じぶんが「こうありたい」っていう環境に身を置くことよ。

そう、マスターは言っていた。

話の脈略をたどると、それは友人に向けて放たれた文言だったのだけれど、そのフレーズはじんわり、ぽつーんと、たしかに私の胸にも光をともしてくれたのだった。

たったひと晩のできごとが、
今でも忘れられない。





▼ 1軒目


「おっす~!」

1年弱会っていないことがまるでウソみたいに、親友との再会はいつもどうりの軽やかな挨拶ではじまった。

進学・就職のために若くして地元を離れた彼女は、私以上に生まれた街を愛しており、酷使し尽くしてすり切れた英気を養うために時折こちらに帰ってくる。

馴染み深い「◯日空いてるかなー?」の連絡を今回も受け、「この日空いてるからたまにはゴハン行こう~!」と珍しく私から”おでかけ”を誘ったので、いつも以上に再会が待ちどおしかった。

「んじゃ、行こっか!」
「行きましょー!」

お腹をすかせながら焼肉屋さんを目指して歩く様子は14歳で出会ったばかりの頃を連想させ、私たちは懐かしさに入り浸りながらその瞬間ごと楽しんだ。

「ついたー!」
「お腹すいたー!食べよ!」

静かな月みたいな私と輝く太陽みたいなあなた。対照的なのに、2人が揃うと最強感が増していくからなんとも不思議だ。

美味しいタン塩とビールの数が増えていくごとに、話の内容も深まっていく。
友が当たり前のように放つ言葉に励まされ、失いかけていた自信を取り戻せた。かけがえのない親友を持てた私は本当に幸せ者だ。

「うんまかったぁぁぁ!」
「おなじくぅぅぅ!」

あまたのオイシイで満ち溢れ、入店前よりもはるかに最強となった私たちは、こうして1軒目をあとにした。



▼ 2軒目


「次はさ、スナックかバーに行きたーい」

友のつぶやきにうん、いいね、でもスナックはよく知らないんだよなー、と気の抜けた返事をしていると、記憶の片隅に息づく”なにか”に呼び止められた気がした。

──若い頃ことあるごとに通っていたバーがあってね。あなたが成人したら2人で飲むのが私の夢だなぁ。

”なにか”の正体は、母が時折口にする夢と言葉の記憶だった。

あぁ、ごめんよ、今私はあなたが描く希望や約束をひとまず先に親友と分かち合おうとしています……。

心の奥底で母の横顔を想いながら、私たちはちょっとだけ背伸びをしてくだんのバーへと足を運んだ。

「こんばんはー」
「いらっしゃい。今開けたとこだよ」

ぎいい……と鈍い音のするドアを開くと、そこには”ダンディズム”を絵に描いたような妙齢のシッブいマスターが立っていた。

薄暗い照明と外のネオンが混ざり合う窓側の席へと腰を下ろし、記憶からたぐり寄せた銘柄を頼むと、私たちはマスターの動作を食い入るように見入った。

「チャイナ・ブルー」
「ソルティー・ドッグ」

スッと音を立てて運ばれてきたカクテルの美しいこと……!

爽やかな口当たりのグレープフルーツと、旨味を引き立てるフチ周りの塩とのコントラストをじっくり味わいながら、静かに語りだした友の声に耳を傾けた。



類は友を呼ぶ、なんてコトワザでは収まりきれないほど、なぜか私たちは「不思議な縁」で結ばれている。

片方が調子悪いとき、必ずと言っていいほどもう片方も調子がよろしくない場合がべらぼうに多いのだ。(それはそれは恐いくらい)

その日も、そんな話をしていた。
というか、そんな状況にある事実を互いに知って戦慄した。

私たちは、”ちがう”場所で”おなじ”苦しみを抱えている。
おなじとは言えなくとも、似通った痛みや感情を、もれなく同じタイミングで感じ取って、闘っていたのだ。

そんなことを知ってか知らずか、カウンターから優しい視線を送りながらマスターが口にしたのが、冒頭で記したあの言葉だった。

──じぶんが「こうありたい」っていう環境に身を置くことよ。大事なのは。
たとえば、こういうお店では「耳学」ができるでしょう。他のお客さんの会話で。そうやって、おとなの世界を知っていくんだよ。

高圧的に吐き出される暴言とは真逆の世界線で、マスターは優しく、かろやかに私たちの視野を広げてくれる言葉を明け渡してくれた。

あぁ、あの晩あなたはこの言葉をどう受け止めただろう。あなた同様”置かれた環境”でもがく私は今でもこの言葉が指標となって”生かされて”いるよ。



▼ 3軒目


話は戻り、2軒目を出てすぐのこと。

「あと1杯だけ……」のひと声でたどり着いたもうひとつの”おとなの居場所”に足を踏み入れたとき、私はマスターから受け取った魔法の言葉をまざまざと実感することになる。

──そこは、繁華街から少し離れた場所でひっそりと営業されていた素敵なお店。

「いらっしゃい~!女のコふたりだったらここに座りな~」
「なんか不気味で怖かったでしょ?入りづらかったでしょ?」

カウンター席に案内されるやいなや、『Earth,Wind&Fire』のインストをバックに、最近の世良公則とシルエットが似ている陽気な店主とのおしゃべりが始まった。

締めの1杯を愛してやまないハイボールに決め、『新しい学校のリーダーズ』のRINちゃんと似ているカッコいいおねーさんに注文。
その間も、陽気なおにーさんとの会話は続いていた。

スキル:口下手、人見知りを持つ私にとって、突発的な会話は苦手な部類に入る。
けれど、おにーさんやおねーさん、たまたま居合わせた常連さんと交わした言葉の数々はどれも新鮮で、心地よかった。

「私の母が若いとき、たまに友達とかと通ってたみたいで……」
「そ、そのことを思い出したので、この子と『行ってみよっかー!』って」

さすがは口下手というべきか、目の焦点をぼんやりさせて口ごもりつつも、なんとか道中の経緯をおにーさんに話せた。

おにーさんが驚きながらも微笑んで放った言葉も、忘れられない。

──こうしてこの店にあなたたちみたいな若い人が来てくれると、本当に嬉しいよ

肯定感、なんだろうか。
置かれた環境に適応できず、昔っから同年代と足並みが揃わなかったコンプレックスの塊がしょわわわわ……と溶けていった。

大げさではなく、そして冗談でもなく。
私は”今”ここに存在していることが嬉しくてたまらなかったのだ。



「細野晴臣がさぁ……」
常連とおぼしき団体客が思い思い話す様子をアテに、グラスを傾ける。
3軒目にしてようやくほろ酔い状態を自覚した私は、へらへらと笑いながら居心地の良さを噛み締めていた。(典型的な笑い上戸)

それでもどうにか脳内に冷静な領域を残し、静かに語るおにーさんの言葉を一字一句漏らさず刻みつけた。

「小さな幸せを重ねていくことが大事」
「みんなから好かれようとは思わないこと」
「世の中の無常とことわりについて」

……端的にまとめるのが惜しいくらい、
おにーさんは静かに私たちに諭してくれた。

──絶対に、自分を見ていてくれる人は必ずいるし、半径1mの人を大事にしていけばいいんだよ。

「何のハナシ、これ?」と照れたように誤魔化したおにーさんは、自分がぽつりとこぼした言葉に支え、励まされて生きる人間が存在しているという事実をどう捉えるだろうか。

記憶力良すぎてドン引きされるんじゃ……。
と思わなくはないけれど、受け取った大切な”宝物”をサビつかせないよう、ただひたすらに私は言葉を紡いでいる。

午前0時を過ぎた頃。
実家で帰りを待つ父を気にかける友を想い、存在する空間にまるごと溶け込んでしまいたい気持ちを抑えて支払いを済ませた。

去り際に受けた「またおいでね、覚えていてね」というおにーさんの明るい声やおねーさんのお見送りはとても温かくて、
私たちはそのぬくもりを絶やさないように、ひとつづつ過ごした時間を振り返りながら帰路についた。



あの夜、過ごした空間と時間。
あの夜、出会えた素敵なおとなたち。
あの夜、受け取ったたくさんの言葉。

たったひと晩のできごとが、ひと月以上たった今でもじんわり、ぽつーんと私の胸に希望の光をともしている。

このエッセイを紡いでいる今の私は、人としても”おとな”としても未熟だってことを呆れるくらい痛感している。

だからこそ、「こうありたい」と望む環境で成熟を重ねて”素敵なおとな”になれるよう、もらった宝物を抱きしめながらひとつひとつ年を重ねていこうと思います。

願わくば、”素敵なおとなたち”の言葉があなたの胸にもじんわり、ぽつーんと響き渡りますように。


──じぶんが「こうありたい」って思える
環境に身を置くことよ、大事なのは。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


▷ Inspired by……『凛-りん-』

この曲と巡り合わせてくださった、”素敵なおとな”に最大限の尊敬と感謝を込めて。




この記事が参加している募集

この経験に学べ

楽しんでいただけたなら何よりです!