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神様ちゃうぞ〜ユウジ ノ色彩

「俺、そろそろ帰るわ」
23時過ぎ、ニシノが腰を浮かした。
ニシノの部屋で男子4人で飲んでいたのだが
帰る、とは、ニシノの彼女の家へ、という意味だ。
家主が家を出る、というのだから自ずと飲み会はお開きになる。
どのみち、自分も終電に間に合うように移動するにはこの時間に切り上げるのが正解だ。
後の2人は自転車の距離なのでニシノのアパートの下で解散し、ユウジはニシノと駅まで歩いた。

ニシノの彼女はユウジにとってもクラスメイトなのでよく知っている。
地方から出てきて一人暮らし。
その家にニシノは転がり込んでいてほぼ同棲状態。
大学の授業も、バイト先にも彼女の家から通っていて、時々自分のアパートに帰る。
例えば彼女の親が来た時なんかに。
そのタイミングで男友達と家飲みをするのがここのところの定例になっていた。

「ずっと一緒におって、窮屈にならへんの?」
そう聞くと、ニシノはへらりと笑って「まぁな」と答えた。

ニシノの彼女は束縛系。
ユウジたちはそう評している。
不安症で依存心が強くて、ニシノにずっとくっついている。
女友達と集うこともあるようだが、何においても恋人を優先しているようだ。
なので、ニシノにも同じことを要求している。

「愛し愛されてんねんな」
ちゃかしてそういうと、ニシノはまたへらりと笑った。

二十歳そこそこで、ニシノ自身も一人暮らしをしている。
お互いに隙間を埋めているところもあるのだろうけど、それにしても彼女はニシノにべったりと寄りかかり過ぎに思える。
自分だったら、そんな彼女いややな。
ことあるごとにユウジは心の中で思っていた。

電車に乗り、携帯のメールを確認する。
未読メールはない。
ユウジの彼女からのメールもう2ヶ月もこなかった。

完全に終わったな。

高2から付き合い始めた、中学からの同級生だったユウジの彼女は短大を卒業して就職した。
その頃から2人の生活リズムがずれて、夏に大きな喧嘩をして、仲直りはしたがしっくりこなくなり、やがてメールのやり取りは途絶えた。

自分の恋愛がうまく行ってないから、ニシノたちをやっかんでるのかな。
倒れかかるように全てを預けるように自分を必要とする彼女。
重いのはいやだなぁ、とやっぱり思うけど、すこぉしだけ、そんな風に必要とされているニシノが羨ましい気もした。

冬休み明けの帰り道、ユウジはバス停までニシノの彼女と歩くことがあった。
ゼミの宿題のことで情報交換をし、ユウジが乗るバスが来るまで取り止めのない話をした。
「そういえば、今日ニシノは?」
バスが手前の信号待ちになってるのを目の端に入れながらユウジは何の気なしに聞いた。
「今日はサークルの先輩と飲み会だって」
「そうやったんか」
「先輩、もう下宿引き払って実家にかえっちゃうんだって。この先あんまり飲みにいけなくなるからって」
「あー、あの先輩、ニシノのこと気に入ってたからなぁ」
ニシノは入学してすぐボクシングサークルに入っていたが幽霊部員に成り下がっていた。
本人の飽き性と彼女の束縛が原因だろうな、とユウジは思っていた。

「何時にかえってくるかなぁ」
そういう彼女の声が少し震えているような気がして、ユウジは彼女の横顔をみた。
彼女は空を見上げて何かを懐かしむような表情を浮かべていた。
まるで、もう二度と会えない人を思い返している時のような、愛おしくて仕方がない存在を思い浮かべているような表情。
一緒に住んでんねんから帰るのがちょっとくらい遅なってもすぐあえるやんけ
ユウジの心に浮かんだ思いは、めらり、と何かを燃やした。

バスの乗降口が開き、ステップに足をかけながらユウジは言った。

「あんな、ニシノは神様ちゃうぞ。
あんまり寄りかかってやんなや」

自分でも思ってもみないくらき、乾いた低い声で発していた。
バスに乗り込んで振り返ると、彼女は目をまあるく見開いて、口は「え」の形に開いていた。
ユウジの胸が、ちくり、と小さく痛んだ。

ユウジ以外、誰も乗り込んでこなかったから扉はすぐにしまり、彼女をバス停においてけぼりにしてバスは発車した。
車窓から彼女の姿はあっという間に見えなくなった。
それを目で追うことはせず、ユウジは携帯を取り出した。
胸はまだ痛んだまま。
新しい連絡が来ていないことを確認するために。

ただそれだけの話。

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