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3-1. 乳頭温泉郷訪問記(後編)

「乳頭温泉訪問記」と銘打ったものの、前編ではアクセスやプランに全振りして、実際の感想については言及していなかった。後編は冬の乳頭温泉郷がいかに最高だったかを具体的にお伝えしていこうと思うので、後編を読んで興味をお持ちいただいた方には、以下の前編をお読みいただくのもよいと思う。

さて、今回訪れたのは以下の4軒なので、それらについて簡単にではあるが語っていきたい。

【宿泊】大釜温泉
【湯めぐり】蟹場温泉、妙乃湯、休暇村
(未訪問)黒湯温泉、孫六温泉、鶴の湯

(参考)乳頭温泉郷ウェブサイト
※各温泉ウェブサイトへのリンクあり

2-1. 宿について〜大釜温泉〜

2021年12月24日、14:07田沢湖駅着。ガラス張りの綺麗な駅舎でちょっとした買い物を済ませると、14:20には赤いラインの入った羽後交通のバスが駅前に到着する。そのバスに乗り込み、終点の一つ手前「乳頭温泉駅」で下車すると、目の前に焦げ茶色の校舎が現れた。それが「大釜温泉」、今回泊まる宿だった。
もともと小学校の分校だったというこの校舎は、ふかふかの雪に包まれていた。除雪されてつるつるの下り坂を滑り落ちないように歩いていき、扉を開けると、ストーブの匂いとともにおばあちゃんが出迎えてくれた。泊まってるお客さんはうちの温泉に24時間入れます、勝手に湧いてるもんだからね、ところころ笑いながら、おばあちゃんは「けやき」の部屋に案内してくれた。

暖かい和室でしばらくゆっくりしたあと、夕飯前に温泉に浸かることにした。平日ということもあってか、誰もいない脱衣所で急かされることなく服を脱ぎ、私はガラス戸を開けた。
緑かがった乳白色のお湯が、そこには湛えられていた。急いで体を洗い、ゆっくりとお湯に体を沈めると、「効いている」という感覚が確かにあった。浴槽の中の腰掛ける段には、粒子の細かい土のようなものが溜まっていて、浴槽の底にも明らかにミネラルの類が固まってできた小石が転がっていた。お湯の匂いを嗅ぐと、そこまで強くはない硫黄の香りがする。間違いない、きっとこれが「本物」だ。
すぐ隣の露天風呂も、しっかり熱めのお湯で体の芯から温めてくれた。体が温まれば、一旦浴槽から上がり、しっとりと水分を含んだ空気に体を晒す。柵の向こうに広がる深い森を眺めながら、熊に襲われたらどうしよう、と一瞬思ったが、今は彼等/彼女等も眠りこける冬なのだと思い出して、いっそう浴槽に注ぐお湯の音がはっきりと聞こえるようになった気がした。

夕飯はやはり郷土料理。代表的なきりたんぽやいぶりがっこの他、鮎の一夜干しや蕗と味噌の和え物もしっかりと味がついていて美味しかった。少し塩気が強めに感じたら、ふっくらと甘味のある白米と一緒に食べると、本当のふるさとの味が口の中に広がった。
もちろん温泉には一度浸かっただけでは終わらない。夜中の22:00頃、改めてやはり誰もいないお湯に浸かりにいった。個人的には温泉成分が目に見えるところとその香りが気に入ったのだが、今回は露天風呂が本領を発揮していた。先程は降っていなかった雪が、しんしんと降り積もっていたのだ。顔で爽やかな冷たさを感じ、肩から下は温かさと温泉成分で包まれる。これを贅沢と呼ばずして何と呼ぼうか。正直湯めぐり前だったが、半分ほど満足していた。

朝ご飯も旅館の和食といった感じで美味しかったが、特に「桧山(ひやま)納豆」に感動した。実は納豆発祥の地は茨城県ではなく秋田県という説があり、秋田県ではそれを桧山納豆と呼んでいる。全て大粒の納豆だったので、なかなか食べ応えがあった。
朝食後、チェックアウトまで時間があったので朝風呂にも浸かった。澄んだ空気と濁り湯が、あまりにも肌に心地よかった。しかしこれは始まりに過ぎない。これから先も、いったいどれほどの名湯が待っているのだろう。心身が温まっているのを感じながら、私はかつての学び舎を後にした。

2-2. 温泉について

【蟹場温泉】
大釜温泉を出たあと、最初に訪れたのは蟹場(がにば)温泉だった。タオルを持ってき忘れていたので、受付でタオル(200円)を購入したのだが、蟹の大きな紋様が可愛かった。
温泉は岩風呂・木風呂・混浴露天風呂・女性専用露天風呂の4種類。私は岩風呂と木風呂に浸かった。温泉によって泉質が異なるとは聞いていたが、その振れ幅に私は心底驚いた。
まず、お湯の色は透明で澄み渡っていた。その中に何やら白い羽のようなものが沈んでおり、掌で掬い上げてみると、一瞬でぬるりと溶けてしまった。なるほど、これが湯の華かと思いながら、私はふわりと漂う硫黄の香りを楽しんでいた(ちなみにここも事実上貸切状態だった)。
浴場の構造としては、岩風呂が完全な内風呂、木風呂が半露天(屋根はあるが外気が流れ込む状態)だったので、冬は木風呂で温めのお湯に浸かって体を慣らしたあと、岩風呂でしっかり温まるのがよいかもしれない。

【妙乃湯】
蟹場温泉の次は妙乃湯。佇まいからしてモダンな雰囲気が滲み出ていたが、実際に中に入ってみてもお洒落で、クリスマスの飾り付けまでしてあった。
ここの目玉は「金の湯」「銀の湯」である。内風呂に入るとまず迎えてくれるのは銀の湯で、前が見えなくなるほどの湯けむりとムードのある淡いライトの中に、無色透明の温泉が現れる。湯加減が最高でずっと浸かっていられるほどだったが、次はガラスの向こうの金の湯に向かってみる。
金の湯、という名は体を表しているなと確かに思った。お湯は金色に濁っており、少し開いた屋根の間からは細雪がちらついている。おまけに浴槽の中に斜め45度に設置されている木の椅子があり、そこに腰掛けると、あわや動く意思を根こそぎ奪われそうになるほどの快適さであった。
さらにその先にも、混浴の金の湯・銀の湯がある。こちらは小さな滝を眺めながらお湯に浸かることができて最高なので、乳頭温泉郷に来たら外せない温泉である。

【休暇村】
今回最後に訪れたのは休暇村。休暇村は国立・国定公園内に建てられたリゾート施設だが、休暇村・乳頭温泉郷もその一つで、十和田八幡平国立公園の南端に位置している。
訪れた時間もちょうどよかったので、昼食はここで頂くことにした。今回訪れた他の宿は比較的小ぶりだが、休暇村の施設は大きく、食堂も広かった。私は稲庭うどん(冷)・天ぷらセットを注文したが、やはり三大うどんの一角を占める稲庭うどん、コシが強く歯応えがとてもよかった。
もちろん浴場も広かったが、決して広さだけが売りではない。内風呂は温めと熱めの2種類があり、熱めは無色透明だが、温めは綺麗な乳白色であった。山間の乳白色の温泉には昔から憧れがあったので、ここで叶えられてよかったと強く思った。
すぐ隣の露天風呂も乳白色のほうで、雪も静かに降り続けていて、いよいよ湯めぐりも佳境に入った気がしていた。肩までお湯に浸かると、目の前が濃厚な湯けむりに覆われていた。そのうちあまりの濃さに、浴槽の対角線上にいるお客さんが完全に見えなくなって、冗談みたいに思われるだろうが、本当に桃源郷に迷い込んでしまうんじゃないかとすら思えた。雪と湯けむりと乳白色の中で、私は擬似的に解脱した。
少し無理をすれば他の温泉を訪れる時間もあったのだが、私はその時点で完全に満足してしまって、結局湯上がりにカフェでゆっくりしながら帰りのバスを待つという選択肢を取ることにした。ちなみにカフェで食べられる真っ白なソフトクリームすら、濃厚な牛乳の味がして、天晴れ乳頭温泉郷、そう思わざるを得ないほど圧倒的であった。

ちょっと熱が入り過ぎてしまったが、いかがだろうか。とにかく湯めぐり帖が1年間有効というにくい設定のせいで、私はもう一度乳頭温泉郷に訪れなければならないが、そのときには未訪問の温泉も制覇して、より明確におすすめできるようにしておきたい。
もう一度行ってしまったら、もはや俗世には戻ってこれないかもしれないが、まあそれはそれで悔いはないかな。

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