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華男の正体と深夜②

 私の言葉の後、少し、沈黙があった。

 男は頭をかきながらも、どうしたら信じてくれるのか、それともまた、新たな作り話を考え中のような、顔している。

 絶対、人間じゃあない人間なんて、嘘。

 私の頭の中は、早くこの話にケリをつけたい。それで、この男との変な関わりも終わりたい。そればっかり考えていた。

華男は、少し崩れていた正座を座り直して、急に真顔になる。色の違う黒目が私の顔を捉えているように見えた。

「さっきまで話したこと、信じる信じないはアンタに任せる、大上さん。
 んでも、こうとしか説明しようがないし。ただ、これだけは言っとくけど、俺も見え透いた嘘は、アンタよりも反吐が出るほど嫌いでね。今までも嫌と言うほど、クソ汚ねぇ奴ら見てきたから、本当に。まあ、もう昔の話だけど。
 まっ、なんでアンタの部屋で俺が倒れていたかってことだけど。
 アンタも知っているかな、ここの区の隣の隣の隣の〇〇区で、麻薬とか覚醒性を密売していたグループ。ま、極道の奴らと一部の議員のおっちゃん達がつるんでいたアホな組織が逮捕されたの。結構ニュースになったんだけど、、、。
 俺は、そいつらの組織を捕まえるように、働かせられていて。簡単に言えば、俺はヤクザになりすまして、極道組織の中で奴らの尻尾、捕まえられるような証拠探していたわけ。まっ、スパイみたいなもんよ。んで、他の造られた奴らと協力して、やっと証拠掴んで、一気にお縄ってことにした。
 まあー、最後はビルの中で、大揉め。アイツら、銃やらドスやらなんやら、なんでも武器にして暴れ回るからさ。ま、でも、俺もやらるわけにはいかないし。散々こき使わされて、おまけにろくに飯も食わしてくれねえ奴らだし、本当に殴って蹴って暴れまくってせいせいしたわー。
 んで、これまでたくさん働いたのと、今回の2年半かかった俺の労働を報いて、たくさんのボーナスと長期休暇くれたのよ。いやー、それはそうだろー。今まで散々、ほぼ休みなしで働かせられていたんだし。北は北海道から南は沖縄。アメリカ、メキシコ、イタリア、イギリス、フランス、シンガポール、中国、韓国。今回の仕事だって、台湾でテロと密輸グループの組織捕まえるために、散々働かせられて帰ってきてから、すぐの仕事で。『ヤクザになれー。』だもの。ま、もとから、こんな面と身体だし。俺、結構、海外のマフィアにも上手く馴染むのも得意でさ。」

 何気に自慢かよ。もう、とっとと私の所に来た理由話さんかい。本当は口に出してツッコミたくなったけど、男が最初に話していた事件は、少し私も知っていた。

 テレビでよくニュースをみる方ではないけど、ネットニュースで、私の住む区の近くで極道組織が警察と衝突して、大騒動になったことや、職場の人たちが自分達の住む区に、麻薬とか覚醒性で捕まる人がいて物騒だと世間話していたのを、耳にしている。

 いやいや。でもこれ、この男が都合のいいように利用して嘘ついているだけ。

男は、「ちょっとタンマ。話し過ぎて喉乾いたわ。茶飲ませて。」と言い、コップの残りの甜茶をゴクっと一気に飲む。

「そいで。ま、俺が大上さんの部屋で倒れた理由なんだけど。あの仕事の後、俺も結構ズタボロにやられてさ。一応、いつもの病院で修理はしてくれたんだけど。でも、俺も普通の人間みたいに造られているから、すんごい睡眠不足と飢餓状態で。いくら休みくれたって言っても、眠たくて腹も減り過ぎたら意味ねぇし。
 そんで、自分のアパートに帰ろうとしたんだけど、あの日、昼間、すんごい大雨降ったろ。俺、スマホも車も傘もアパートに置いているからさ。どうにもこうにもできなくって。でも、眠たいし、腹も減ったし。病院に居ればよかったんだけど、でも、俺、もともと病院嫌いだし。そんで、いろんな所で雨宿りしつつも帰っていたんだけど。遂に限界きちゃって。このアパート近くの所で、びしょ濡れで、もう野垂れ死覚悟してたんだけど。
 そしたら、どっからか、ものすっごくなんかいい匂い?香り?うーん、花のような。そうでない、なんて言えばいいのか分からんけど。でも、なんか、ホッとするような香りがして、、、あっ俺、こう見えて、鼻、目、耳はすごく良いのよ。ま、鼻は警察のワンちゃんには負けるけど。
 んでも、すごくいい香りがして、最後の力振り絞って、ここの部屋にたどり着いたってわけ。ちなみに俺、仕事の都合上、オートロックだろうがなんだろうが、開けられるから。手錠とか縄で縛られても、自分で解くことはできるし。」

 この男、正気なのか?また、時間が進んだせいか、私もだいぶん、眠気で目が重くなってきた。まずい。でも、、、

「じゃあ、平島さん。警察官か刑事さんなんですか?それとも、なんかの公務員なんですか?証拠みせなさいよ。」

 明日も仕事だし、早く寝たいし、でも、なんかこの、モヤモヤが気になる。
神経過敏な私は、睡魔とこの男に勝つためにも、再度質問をした。

また、コイツ頭かく。癖なのか?

「いやー。さっ言ったけど、俺は、政府と大学病院の一部の人たちに、人間に近い存在で作られたから。もともと、戸籍とかも全部、偽造だし。俺を雇っている組織も警察や自衛官とか、表立った組織じゃない。あっ。でも、極道じゃないからね。ま、「カタギ」の組織。
それに、一応、給料から住民税や社会保険とかは、ちゃっかりと政府から搾取されているから。俺が持っている証明っていたら、、、うーん。保険証、免許証、あと、マイナンバー持ってるけど。あとなんだっけ、あっパスポート。けど、全部、俺の部屋に置いているからなー。」

もう、いい加減にしろよ。私の体力と気力のリミットが切れそうになった。

「とりあえず、俺の話は以上‼︎だいぶん遅くなったけど、、、。風呂も入らせてくれてありがと。大上さん‼︎。俺、帰るわ‼︎」
そう言うや否や、男はばっと立ち上がって、ボルドーのシャツを羽織った。あの深紅の薔薇や白百合がボタンで隠れる。

「そういや、この甜茶のおかげで、なんか鼻詰まり止まったわ。ありがとう。本当に、お世話になりました。じゃ。」
 ニヤッと笑い、右手をあげて、玄関に向かう。


「あ、、、。ちよっ、待って。」
馬鹿か私。なんでまた、引き止めるの。もう沢山の作り話聞かされて、お礼も言われて、とりあえず、ケリがつくというのに、、、。

「何?なんかあった?」
あーもう。また、華男が戻ってきたじゃん。何やっての。私。

 でも、この華男の『心がなんか、ホッとするような香り』が妙に気になる。
私の部屋には、生花をいけた花瓶や観賞植物などは一切置いてない。だとすれば、、、。

「私、プロではないけど、香りとか匂いとか敏感で。仮にだけと、どんないい香りだったの?」
そう言いながら眠たいはずなんだけど、おもむろにベッド横にある机の引出しから、木箱を取り出した。私にとってはお馴染みの木箱。

「へ?いや、どんなって言われても。薔薇とか、香水とは、違う。でも、なんか花っぽい香りで、、、、」

男が思い出す最中に、私は、木箱をあけて中にある数種類の小さな瓶、精油の瓶から1本取り出して、細く白い紙(ムエット)に、精油を1滴つける。

「これ。嗅いでみて。」

「ん!いい香り‼︎薔薇だな‼︎いや、でも、なんか草っぽいな。」
鼻にムエットをつけてクンクンと。丸い目して嗅ぐ男の顔が、なんか犬っぽい。

「それ、ゼラニウムって言う植物の香りなの。香りは薔薇にすごく似ていて、私も好きなんだ。」
「へー。ってか、大上さん。この箱に入っている瓶の液体って何?香水か何か?」

「これは、精油って言って。アロマテラピーで使うもの。簡単に言えば、植物の芳香成分を液体化して集めたものなんだけど。」
「アロマテラピー、、、。なんか聞いたことある。ほら、癒しとかマッサージ系でよくやるやつだろ?」

まあ、それもそうだが。アロマテラピーの本当の意味とはちょっと違う。でも、『じゃあアロマテラピーって一言で言うと?』って聞かれても、私も、困るんだけど。

「私、香りとが匂いは、けっこう好きな方で。時々、リラックスしたい時とか、精油使ったりするの。」
別の瓶を開けて、新しいムエットにつけた香りを男に渡す。

「お!これまた、いい香り。さっきよりは、甘くないけど、でも、なんか良いな。」
「それはラベンダー。アロマじゃあ、一番ベターなやつ。」
「あ!ラベンダーかー。そーいや。昔、仕事でフランスへ飛ばされていた時。マフィアの証拠掴むために、すんごい田舎に行ってさー。でも、そこの田舎、青いような紫のような花がそこら中咲いていて。なんかきれいで。そこの村の人たちが、ラベンダーって教えてくれたの。懐かしいわー。」

もしやそれ、南フランスのグラースのこと?
その話、少々気になる。

「それよりも、平島さん、その『いい香り』はどれだった?」
「どれって言われても、、、。うーん。どれも違うんだよなぁ。どっちもいい香りだったけど。」

男が嗅いだ『いい香り』への探究心が、私の睡魔を吹っ飛ばした。
ええい。こうなったら。
「じゃあ。最後に。これは?」
ムエットを鼻に近づけた男は、目をさらに丸くする。
「ん。ほー。いい香り。さっきの2つとは、全然違う‼︎」
「それは、イランイラン。海外では「花の中の花」って言われるぐらい、香りが強い。」

「ふーん。んー、でも違うな。これも、いい香りだけど。よく嗅いだら、香水みたいだな。あー、あと。」
「あと?何?」
「この香り、なんか嗅いでいると、興奮する‼︎ってか、エロい気分になる‼︎」

男のあっけない反応に、私はドテッと漫才で転けそうな気持ちになる。

そりゃそうだ。この香り、香水にも使われるし、海外では、結婚初夜にこの花がベッドにまかれるとか、言われてんだから。

「な、他にもいろんな香りがあるのか?この中にもしかしたら、俺が嗅いだ香りがあるかもしれないし。」
キラキラした、色の違う目で私を見る男。私だって、何の香りなのか、見つけたい。でも、、、

「ダメ‼︎いろんな香りを嗅ぎ過ぎると鼻が麻痺するし、人によっては気分が悪くなる場合もあるんだから。」
しっかり瓶の蓋を閉めて、木箱を元の位置に戻す。

「え〜。もっといろいろ嗅ぎたかったな〜。」
ぷーっと膨れっ面するこの男。子どもですか?って言うか、何歳なんだろう。
明らかに20代ではないけど。でも、ものすごく私より年上でもないみたいな感じが、、、、。

そう思っていて、何気に置き時を見た。
 午前1時、、、、。

『ギャー‼︎』心叫びが先に出た。
しまった。やらかした。明日は木曜日。普通に仕事がある。

 目の前の華男は無視して、明日着る乾いた服の準備をするために、私は立ち上がった。










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