見出し画像

あの人のクセが買えるようになる!?~IoAのある未来と個人DX化による法的価値を考える~

IoTのその先に待っていることとは

近い将来、あの有名ピッチャーと同じ弾道の球が投げられるようになる?あなたもあの超一流店の味を再現できるようになる?

ありとあらゆるモノがインターネットでつながる世界。IoT(Internet of Things)という言葉が広く知られるようになってずいぶん経ちますが、ここ最近はIoAという言葉に触れる機会が多くなりました。Internet of Abilitiesの略称で、「能力のインターネット」などと翻訳されます。このIoA、今後具体的なサービスが登場してくると、人々が直感的にその便利さを実感するようになり、価値観を変えることになるだけでなく、既存のルールとの関係で様々な問題提起がなされそうです。

今回は、そんな価値観の変化の可能性について、法務の観点から(ちょっと理屈っぽく)考えてみようと思います。

なお、IoAについては、東京大学大学院教授の暦本純一先生の研究が有名です。最近出された本、まだ読みきっていませんが、大変刺激的な内容となっています。

IoAを大雑把にとらえてみる

暦本先生が掲げているIoAの考え方をかなりかみ砕くと、「ヒトが他の経験(体験)を共有する」といえると思います。「他」はヒトのこともあれば、モノのこともあり、肉体的な体験もあれば、感覚的な経験もあり得ます。例えば、ドローンにカメラを取り付け、そのカメラを通じて外界の映像を見ながら操縦することができれば、まるで自分が空を飛んでいるような体験をすることができるでしょう。
また、ドローンではなくヒトが全天球カメラ等を装着することで、他のヒトの移動や動作を、あたかも自分の経験のように体験できるかもしれません。

画像1

※「東京大学大学院情報学環 暦本研究室」ウェブサイトより引用
https://lab.rekimoto.org/about/

「他人の経験を自分も体験できる」ビジネスの可能性

ここで、「他人の体験」を経験できる、という話を、もう少しビジネス寄りにしてみます。例えば、こんな可能性があるのではないでしょうか。

①ある「優れた能力」を持つ方の体験や経験をデータ化し、「商材」にする
②ユーザにその商材を利用してもらい、「優れた能力」を体感してもらう
③「優れた能力」と個々人の能力が組み合わさることで、新たな「価値」が生まれる

①について、うまいデータ処理ができる技術を持つ事業家が、ビジネスチャンスを獲得できるかもしれませんし、「優れた能力」をもつ方のデータエージェントビジネスといったものが登場するかもしれません。

また、優れた能力を持つ方に「さらに優れた能力」を発揮してもらい、より優秀なデータを提供してもらえるよう、様々な支援をする仕組みが提供されるようになるかもしれません。

次に②については、集めたデータを利用できる装置(ハードウェア)やソフトウェアの開発が必要になりそうです。アミューズメント施設やゲーム、運動施設などのエンタメ領域での活用や、物流や介護、建設分野などでの活用可能性がありそうです。

③については、まさに未知の領域であり、異業種/異分野の「優れた能力」の組み合わせを容易になることで、これまでは想定もしていなかったような新たな市場が生まれる可能性があります。

現在の法体系が予定しなかった事態が起こる!?

ここでこのような新ビジネスと法律の関係についてちょっと整理してみようと思います。

データの取扱いルールは個別に事細かに

まず、「優れた能力」を持つ方の体験等をデータ化した場合の取扱い権限について。最近は「データ一般を積極的に保護対象とする法律はない」「データの保護は、データ取引に関する契約によって図られるべき」という考え方がある程度浸透してきたと思います。

つまり、「優れた能力」の価値をどのように見積もるか、どの範囲(用途や提供相手など)で保護するのか、提供されたデータから得た新たなデータの取扱権限をどうするか、などのルールは、契約で取決める必要があります。

そもそもデータとは、今回のテーマでもある「経験・体験」と同じ「目には見えない」情報です。であればこそ、その取扱いをめぐるルールは、提供する本人にとっても、提供を受けるヒトにとっても、またその双方を仲立ちする事業者にとっても、わかりやすいものとなるようにするべきです。

経験を経て生まれたモノには誰の権利が及ぶの?及ばないの?

ただ、問題となりそうなのは、「他人の経験を体験した結果生まれる成果物の取扱い」です。例えば、画家A氏の経験や動作といったデータを利用して、誰でもA画伯の画風で絵が描ける、というサービスを展開するとします。A氏の特徴をデータ化し、パワーグリップなどのハードウェアを装着させその画風や筆遣いを再現できるような仕組みを使い、あたかも、自分の手でA氏作品と同じ絵を描いたような気分になれる、といったサービスです。

もしこのとき、利用者は自分の意思では手を全く動かさず、パワーグリップが自動で動いて絵を描いたとした場合、描かれた絵の著作権は誰にあるでしょうか?

著作権法上、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されています(2条1項1号)。では今回のケースでは、「思想又は感情」を「創作的」に「表現した」のは誰になるのでしょう?

あり得る回答は、①利用者、②A氏、③誰でもない、の3パターンです。まず本当に何の意思も持たずにパワーグリップを装着していただけなのであれば、①の可能性はなさそうです。そして、ソフトウェアがA氏の筆致や画風などを完全に再現していただけなのであれば、描かれた絵画は②A氏によるもの(の複製)といえるのかもしれません。

いっぽう、「装置はデータをもとに動作しただけで、A氏の描画作業そのものを再現したのではない」という点を突き詰めると、描かれた絵は「自動的に出力されたもの」となりそうです。こうなると結局、「思想又は感情」を表現したヒトはいない、として③誰にも著作権は発生しない、となる可能性も十分にありえます。

しかし、もしこのシステムを使う際にちょっとでも利用者の感性などが反映されるのであれば、途端にその絵に①利用者の著作権が認められる可能性が出てきます。そうなると、Aしは自分の画風そっくりの絵画に対し、何の権利も持てない、といった事態が生じてしまいかねません。困った…

IoAサービスのルールは、柔軟にかつ具体的に

IoAによって実現されそうなサービスの一例を見てみると、既存の著作権法では説明が難しそうなケースが起こりそうだということがわかります。「思想又は感情」「創作的」などの心理面に関する要件があるがゆえの問題なのですが、ヒトの知見・経験といった情報を共有するという、いわば「個人のDX化(個人DX)」のような事態は、著作権法に限らず、これまでの法律では基本的に想定していなかったといえます。


そのため、当面はこれらの懸念点について契約(規約)で事細かなルールを決めておく必要性が極めて高くなることが見込まれます。
技術としては極めて魅力的で、様々な発展可能性があるIoA、法解釈が硬直的でサービスの浸透を阻害しないためにも、日常から柔軟な発想をもってルール作りに取り掛かれる準備をしておきたいところです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?