船を治す(ボイスドラマ・声劇・演劇、男1女1)
ある船がありまして。その船が一部故障してしまったため、その部分を別の船のパーツで入れ替えました。また別の部分が壊れてしまったため、さらにその部分を入れ替えました。それを繰り返していったところ、船はすべてが別の船のパーツで入れ替えられてしまいました。果たしてこの船は元の船と同じといえるのでしょうか?
ーテセウスの船ー
という、哲学のお話。
ところで人間の体は毎日入れ替わり続けているらしいです。髪の毛は生え変わり、皮膚は垢に変わり剥がれ落ち、血液は骨髄で新たに作られ続けている……。皮膚は四週間、血液は四か月、骨は四年ですべてが入れ替わるらしいです。
では。昨日の私と今日の私、今日の私と明日の私は、同じ私だと言えるのでしょうか。
今回はそんなお話です。
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(登場人物)
莇生(あざぶ) 立夏(りっか)(18)…妹。
不幸体質の少女。白い服に白い靴。兄に合わせた服装。
莇生(あざぶ) 白露(はくろ)(21)…兄。
身体のほとんどを機械で代替している。白い長袖の服に黒い手袋。
肌がほぼ曝されない服。首には機械のチョーカー。
ボイスドラマ・声劇・演劇想定台本
上演時間約20分
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〇プロローグ:白露の一人語
白露(Ⅿ)「この物語の主人公は僕、莇生白露ではない。僕の妹、莇生立夏である。立夏は不幸の星のもとに生まれたとしか思えない程の不幸体質の持主であった。僕はそんな妹の傍観者になるつもりはなかった。兄として、妹を守りたいと思ったのだ。その結果として今やこの身体は現代医療技術の粋を極めたサイボーグと化している。特殊チタン合金の骨、有機人工筋肉、樹脂製の皮膚、ある博士により作られた精密人工心臓、神経の安定化のためのチョーカー。ふと、この身体はもはや僕と言えるのか考えることもあるが。僕はいつだって立夏の兄であるのだから恐れることは何もない。さて。そろそろ本題へ移ろう。繰り返すが、この物語の主人公は莇生立夏であり、僕ではない。そしてこの物語は、立夏の一人語りに始まり、一人語りに終わる」
〇立夏の一人語り
立夏、久しぶりに会った友人と立ち話。
立夏「最初はね。小さなアンラッキーばかりだったの。マークシート式のテスト。途中からマークがずれていて赤点だったり。アラームが鳴らなくて遅刻ギリギリで目が覚めたり。急いで学校に向かうも開かずの踏切に引っ掛かり。さらにカギを忘れたことに気づいたり。確かに、これだけならただのおっちょこちょいだよ。でも、どんどんアンラッキーは大きくなっていった。信号を待っていたら車が突っ込んで来て、夜道を歩けば不審者に襲われ、デパートが火事になったときはもう一生外に出ないでおこうかとも思った。それでもこれまで生きてこれたのはお兄ちゃんのおかげなんだ。ずっとね。守ってくれてるんだ。だから恩返しをしたいなーって、思ってるんだけど、なんか、恥ずかしくてさー。……え? 変わったって。私が? そうかな。私たち兄妹、昔から仲良かったと思うけど。怖いこと言わないでよ。ずっと同じだよ」
〇令和村・公園
白露、スマホを眺めている。
立夏、白露をじっと見つめて。
立夏「お兄ちゃん。私、変わってないよね」
白露、顔を上げてスマホを机に置く。
白露「うん?」
立夏「友達に言われたんだ。アナタ、変わったねって。そうなのかなぁ」
白露「そうなんじゃないか。背は伸びたし体重も増えた」
立夏「そういう話じゃなくて。それに、れでぃーに体重の話はやめて」
白露「それは失礼」
立夏「で、どう思う?」
白露「君は僕を何だと思う?」
立夏「えー。……莇生白露、私のお兄ちゃん」
白露「そう。これほど身体が別の何かに置き換わっても、僕は僕のままだ。身体の変化なんて気に留めるほどのものじゃないさ」
立夏「分かってるよ。そもそも人間の細胞なんて一年も経てば全部新しくなるみたいだし。私が怖いのは心の変化よ」
白露「ほう」
立夏「あの子に言われて気づいたの。昨日の自分と今日の自分が同じではないことに。お腹が空いていた私。ご飯を食べて、満腹になった私。同じ私なのに、前者は何かを食べたくて、後者は何も食べたくない。こんなにも違う」
白露「なるほど面白い話だ」
立夏「感情だけじゃないよ。生物の授業を受ける前の私と受けた後の私。勉強すれば私は私でいられなくなってしまうのかな?」
白露「……だから勉強したくない、という話ではなかろうな」
立夏「半分不正解」
白露「半分は正解なのか」
立夏「とにかく、心の変化が怖いの。少しずつ、私が私でなくなっていくような。それなのに違和感を感じていない自分が怖いの。当たり前のように変化を受け入れ、気づきもしない自分が怖い。だからもう、変わりたくないの。せめて心だけは」
白露「……妹よ。変化は恐れるべきものじゃない。万物は流転し留まることはなく、刻一刻と変化し、全てが移ろうのだからね。それを恐れていてはキリがないだろう」
立夏「それでも、嫌なものは嫌」
白露「なぜ。……いや、そうか。つまり、君は自分の存在を証明したいわけか」
立夏「うん。私は私であるという、確かな実感がほしいの」
白露「ふむ。どうしたものかねぇ」
白露、スマホを操作。
二人の会話が途切れる。周りの小さな音が目立つ。
立夏、白露のスマホを指摘して。
立夏「何か調べてるの?」
白露、銀無地の水筒を出して。
白露「さっき買った珈琲なんだがね……。どこかで見た覚えがあってな」
立夏「さっきって。令和村で売られているコーヒーが今も売られているわけなくない?」
白露「それだけ長く続いている銘柄なのかも知れないだろう。……あった」
白露、スマホで検索した情報を立夏に見せる。
立夏、スマホの画面を見る。
立夏「創業千周年記念。凄い。想像もつかないや」
白露「戦火に巻き込まれてなお立ち続ける、たくましき名店だ」
立夏「ふーん」
立夏、記事を見ていく。
立夏「あ、でも、その時に一度焼失しちゃったみたいだよ」
白露「その後再建したということか」
立夏「そうみたい」
白露「訂正しよう。大火に焼かれてなお立ち直る、不死鳥がごとき名店だ」
立夏「そういえばさ。美味しかったの?」
白露「苦かった」
立夏「微糖買ってたよね」
白露「所詮は微、ということだ」
立夏「私は十分微糖で甘いと思うんだけど」
白露「僕と君では感じ方が違うのさ」
立夏「そもそもお兄ちゃんさ。苦いの不得意なのになんで珈琲飲んでるの?」
白露「なんで、と聞かれてもな。味は好きなんだ」
立夏「でも苦いのは嫌い」
白露「そう」
立夏「それでいつも砂糖大量に入れてるけどさ。そうなってくるともう。コーヒーの意味なくない?」
白露「いやいや。甘味を持たせたれば苦味が際立ち、より珈琲を楽しめるというものさ」
立夏「……んん? 苦いのがいやで、甘くしてるんだよね」
白露「そうだが」
立夏「それで結局苦さが強調されてるなら……本末転倒じゃない?」
白露「……細かいことはいいのさ」
立夏「もはやそれはコーヒーじゃなくて砂糖水なんじゃない?」
白露「そんなことはない。珈琲の方が主役さ」
立夏「じゃぁさ。コーヒーの半分以上砂糖を入れちゃったら?」
白露「ふむ。難しい問いになってきたな。しかし、方や液体、方や固体だ。珈琲に砂糖を溶かす。すると砂糖は形を無くす。見えなくなくわけだ。珈琲は健在だがね。だからやはり量がどうであれ珈琲が主役だろう」
立夏「じゃぁ、お酒は? お兄ちゃん、よく飲んでるよね」
白露「晩酌に少しだがね」
立夏「私よりは飲んでるじゃない」
白露「君は未成年だからね」
立夏「そういえば酔っ払うと別人になっちゃう人もいるって聞くけど」
白露「僕は酒に強い方だからね。ほろ酔い気分も味わったことがない、というのは少し残念だが」
立夏「そのほろ酔い、ふわふわする感じが好きっていう人もいるじゃない。お兄ちゃんは何が好きなの?」
白露「僕は味が好きなんだよ。ほんのりとした苦味にさらりとした甘味。身体に癒しを与えてくれる」
立夏「へー。私も早く飲みたいな」
白露「遺伝的には君も強いはずだから、酩酊は味わえんぞ」
立夏「でもおいしいんでしょ?」
白露「まぁな」
立夏「……って、違う違うそうじゃなくて。お酒ってほら、水入れるじゃない」
白露「あぁ、水割りのことか」
立夏「それ」
白露「お茶、ミルク、オレンジと割り方も様々あるぞ」
立夏「へー。そうなんだ」
白露「酒により割り方も変わる。焼酎にはお茶を、マリブにはミルク、カシスにはオレンジ。カクテルという楽しみ方なんだがね」
立夏「待った待った。そういうことを聞きたいんじゃなくて」
白露「ではなぜ酒の話を?」
立夏「その、水割り、だっけ。水の方がお酒よりも多くなったら、どう? お酒のまま? それとも水?」
白露「今度は両方液体か」
立夏「水の方が多かったら、それはもはや水の酒割りなんじゃないの?」
白露「いやいや。酒に水を加えるのなら、分量がどうであれやはり酒が主役だろう。この場合も」
立夏「じゃぁ、一つのコップに、水とお酒を同時に注いだら?」
白露「おっと。これは難しいぞ」
立夏「どうよ」
白露「……酒、だな」
立夏「え、なんで」
白露「アルコールが入っている」
立夏「ならばお酒は一滴だけ。これならもうアルコールの味なんてしないよ」
白露「アルコールに味はないぞ。実際に舌が感じているのは」
立夏「待った。その話は長くなりそうなので言い換えます。お酒の味はしないよ」
白露「その場合は水だな。味がするかしないか。そこが境界線だ」
立夏「なるほど」
白露「僕は自分の舌に従う」
立夏「え、でもコーヒーは甘くなってもコーヒーだよね」
白露「ケースバイケース、というやつだ」
立夏「なんかずるい」
白露「ずるくなんかないさ。ちゃんと僕の中のルールに基づいている」
立夏「ルール?」
白露「大切なのは自分がどう思うかなんだよ」
立夏「なるほど。……なるほど?」
白露「君が酒だと思うなら、どんなに水を入れても酒ってわけ。僕がそれを水だと言ったとしてもね。そしてこれは、君の存在証明もまたしかり」
立夏「誰が何と言おうと、自分が自分だと思うのならそれでいい」
白露「そういうこと」
立夏「でも、私は自分が信じれないよ」
白露「なら僕を信じるといい。僕は、君を妹だと思っている。君は君のままさ」
立夏「うーん」
白露「君は考えすぎなんだよ」
立夏「そうかなぁ」
白露「成績には反映されていないようだが」
立夏「む」
白露「失礼」
立夏「学校の勉強ができなくてもいんだよーだ」
白露「君の将来の夢はお嫁さんだったか」
立夏「正確には専業主婦が私の夢」
白露「主婦は意外と頭を使うぞ。果たして君にできるかな」
立夏「……頑張る」
白露「叶わぬから夢なのさ」
立夏「ぶー」
白露「冗談だ。君は自慢の妹だ。きっとよいお嫁さんになるだろう」
立夏「でしょ」
白露「あぁ」
少しの間。
立夏「お兄ちゃんさ。私が結婚したら、どうする?」
白露「相手がいるのか」
立夏「いないけど」
白露「気になる人でも?」
立夏、恥ずかしそうに白露の方のことを見つめながら。
立夏「まぁ」
白露「どうにもしないさ」
立夏「本当?」
白露「いや、どうにもしないというのはおかしいか。祝福はするだろう。しかし相手によるか。いや、君が選んだ人なら安心だな」
立夏「え、えっと、そうじゃなくてさ。私が結婚してもお兄ちゃんはお兄ちゃんのままでいてくれる?」
白露「何だい突然」
立夏「なんだかね。最近、こうして二人で出かけて話すなんてことなかったじゃん」
白露「君は受験勉強に追われているからね」
立夏「何となく、お兄ちゃんが遠くに行っちゃう気がして。でも、遠くに行ったのはお兄ちゃんじゃなくて私。私が私じゃなくなったから。そう思うとさ。なんか……」
白露「なんだ、そんなことか。僕は君のお兄ちゃんさ。君が生まれたその時からずっとね。そしてこれから先も。君の中の、最も大切なものが変わらない限りね」
立夏「お酒の中のアルコールみたいなもの」
白露「そう。変わっちゃいけない、変わらない何か」
アナウンス「ご来村のお客様へご案内申し上げます。まもなく閉村のお時間でございます。皆様、本日は平成村へとお越しいただき、誠にありがとうございました」
白露「おっと。帰らねばな……」
と立ち上がる。
立夏「ねぇ」
白露「どうした?」
立夏「なら、私の変わっちゃいけない、変われない何かって、何なの」
白露「それを探すことが人生なのかもしれない」
立夏「おぉ……。かっこいい」
白露「あるいは……。それこそ、神のみぞ知る、というやつかもしれない」
立夏「意外とオカルト好きだよね」
白露「何を言う、現代はもはやオカルトも科学の一部となっているのだぞ。西暦のような考え方では何事も――」
立夏「あー。お兄ちゃん、閉まっちゃうよ」
白露「……うむ」
二人、後にする。
〇立夏の一人語り
街中。車の行き来する音。喧噪。
立夏、友人と立ち話。
立夏「うん。だからいいって、謝らなくて。……今落ち込んでるのはね。貴女にああ言われたからじゃなくて。……一つ、気になる事があるの。神のみぞ知る、私の中の不変の何か。生まれた時から変わらない、ただ一つの何か。それって、もしかして」
車の迫る音。急ブレーキの音。破砕音。
〇エピローグ:白露の一人語り
白露(Ⅿ)「この物語はあくまで僕の妹の話。だからこうして轢死しかける僕というのは、エピローグに過ぎないのである。死にはしなかった。だが取り替える部品が増えた。サイボーグからアンドロイドへ。ここまで替わった僕はいったい何と呼べるのだろうか。僕の妹はそれでも兄と呼んでくれるのだろうけど。少しばかり、妹と同じように、変化が恐ろしくなった」
完。
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