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【エヴァ考察】 アダムスの翼

今回はアダムスについて聖書を参照しつつ考えていきます.聖書からの引用が本文の量を超えそうですが、最後までお付き合いいただければ幸いです.

1.アダムスの翼

まず、次の13号機の肩から生えているのは「翼」です.

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Qコンテより(マーカー引用者)

つぎに、マリによれば13号機とヴンダー含むNHGシリーズはもともとはアダムスでした.擬似シン化形態の13号機のポーズがNHGの姿と似ています.

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特に13号機の腕がNHGの両翼のようです.

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内側と外側の腕の上向き下向きは特に決まっていなさそう

13号機とNHGを同一視すると気づくことがあります.例えば覚醒13号機背部の光輪は2つ.ヴンダーの光輪も2つだったのは偶然でしょうか.もしかしたら同じものなのかもしれません.

とはいえ,そもそもマリの発言で指摘したかったのはNHGの前方に突き出た2つの突起部分が翼ということです.13号機の肩から生えていたあれ.彼女が両者をアダムスと呼ばなければ気づけません.

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そして13号機の4本の腕も、鳥の翼が4足歩行の前肢が進化したものという一般的な理解を参考にすれば、NHGと共に6つの翼を持つ者として語れましょう.

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そんなわけで6つの翼をヒントに聖書へと向かいます.



2.セラフィムとケルビム

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アヤソフィア博物館の天井画(トルコのイスタンブール)

まず6つの翼を持つ天使にセラフィムがいます.天使の位階、階級は様々な書で見られるようですが、その多くでセラフィムは最高位の熾天使に位置づけられています(グスタフ2004:297頁以下).画像の絵のように翼で身体を隠す、というより頭部と翼で構成される形姿として描かれるのは身体を持たない天使の霊性の表現だそうです.

セラフィム(Seraphim)
ヘブル語で「焼く」.蛇を意味するヘブル語サーラーの複数形.

・『イザヤ書』6:2
「上の方にセラフィムがいて、それぞれ6つの翼を持ち、2つをもって顔を覆い、2つをもって足を覆い、2つをもって飛び交っていた.彼らは互いに呼び交わし、唱えた.「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主…」」

聖書の引用は新共同訳の聖書(日本聖書協会)から(太字強調引用者.以下同じ)


次に紹介するのはケルビムです.同じく最上位の智天使に位置します.

ケルビム(Cherubim, Kerubim)
アッカド語で祈願する者、仲裁する者を意味するkaribuの複数形

・『エゼキエル書』1:5以下 (丸カッコは引用者による節の番号.以下同じ)
「(5)またその中には、4つの生き物の姿があった.その有様はこうであった.彼らは人間のようなものであった.(6)それぞれが4つの顔を持ち、4つの翼を持っていた.(中略)(8)また、翼の下には4つの方向に人間の手があった.4つとも、それぞれの顔と翼を持っていた.(中略)(10)その顔は人間の顔のようであり、4つとも右に獅子の顔、左に牛の顔、そして4つとも後ろには鷲の顔を持っていた」

・同書10:12
「ケルビムの全身、すなわち、背中、両手、翼と、車輪にはその周囲一面に目がつけられていた

このようにやたら異形の形姿ですが、これも天使の非人間性すなわち聖性の強調でしょう.記述では4つの翼ですが、注目していただきたいのは多眼の方です.

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エヴァで目といえば破壊光線
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これが、
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たくさんというわけです.

これについては、セラフィムがのちにケルビムと混同されて多眼、異形の図像となった(大貫ほか2002年)という指摘により我々の理解できるところとなります.また、聖書自身の記述も曖昧な点は次に引用するところです.

「(6)(前略)玉座の中央とその周りに4つの生き物がいたが、前にも後ろにも一面に目があった.(7)第一の生き物は獅子のようであり、第二の生き物は若い雄牛のようで、第三の生き物は人間のような顔をもち、第四の生き物は空を飛ぶ鷲のようであった.(8)この4つの生き物には、それぞれ6つの翼があり、その周りにも内側にも、一面に目があった.彼らは、昼も夜も絶え間なく言い続けた.「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな…」」

『ヨハネの黙示録』4:6以下

この4つの生き物は先ほどのケルビムの形姿特徴を備えながら、6つの翼と三聖唱(誦)というセラフィムの特徴をも持っています.引用した記述の前後にもこの4つの生き物の名は記されていません.これにつき本を紐解くと「ケルビムだろう」(木田2004:262頁)だったり、セラフィムが暗示されている(グスタフ2004:138頁)だったりします.

このように専門家の間でも見解が分かれます.したがってそれらをモチーフとして引っぱる庵野さんやその跡を追う我々がセラフィムとケルビム両者を混ぜてアダムスのモチーフとすることは許されましょう.もっとも以下で見ていくように、ケルビム要素が指摘できるのでアダムスはどちらかといえばケルビムなのかもしれません.



3.車輪

さて次の絵もセラフィムとされています.

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サンタ・マリア・アネウ礼拝堂のアプシス壁画(スペインのバルセロナ)

多眼と足元の車輪は先ほど引用したエゼキエル書にも登場しました.車輪についてもう少し探ります.

「(9)わたしが見ていると、4つの車輪が、ケルビムの傍にあるではないか.1つの車輪がひとりのケルビムの傍らに、また一つの車輪がひとりのケルビムの傍らにというように、それぞれが傍にあって(中略).(16)ケルビムが移動するとき、車輪もその傍を進み、ケルビムが翼を広げて地上から登るとき、車輪もその傍らを離れて回ることはなかった.(17)ケルビムが止まると、車輪も止まり、ケルビムが上ると、車輪も共に上った.生き物の霊がその中にあったからである」

『エゼキエル書』10章

ケルビムとともに動く車輪が描かれています.この書以外にもケルビムと車輪はセットで描かれることが多いです.つまり、先ほどの絵はセラフィムとケルビムが混同された時代に描かれたことが分かります.

さてどうやら車輪は移動に関係していているようですが、またケルビムは神の乗り物として描かれることもあります.

「〔主は〕ケルブを駆って飛び、風の翼に乗って行かれる」

詩篇18章11節〔〕内引用者補足

ケルビムは飛ぶことができる.まあ天使なので.するとなるほど次の絵がつながりますね.

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劇中でたくさんみられたエンジェルハイロウ以外の光輪.頭上ではなく足元の輪っかです.アダムス関連の機体が飛行する際に見られました.これらはケルビムの車輪や飛行する描写に由来すると考えられます.

アダムスの器はともかく8号機が飛行できたことは強調していいでしょう.

Mark.09吸収後の8号機.しかしヴンダーに張り付く前は…

というのもシンエヴァで8号機がどうやってネルフ本部からヴンダーに戻って来られたのか.気になった方も多いかと思います.飛んで来たとしか考えられないのです.しかしこれまでネルフのエヴァが飛行したことはないのであれれとなります.

ヴンダーから射出されたときも飛行していませんし.おそらく新たな裏コードを発動させ、アダムスの飛行能力を解除したのでしょう.発動時の台詞が気になります.

裏コード発動時の特徴である緑色の瞳

以前から8号機はアダムス由来の機体である可能性を指摘してきましたが、いよいよ濃厚になってきたのでは.



4.炎の剣

次にケルビムが聖書で最初に登場する『創世記』から.

『創世記』3:24
「こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた」

他にも、ソロモンの神殿の「契約の箱」(モーセの十戒が納められたもの)の両端にケルビムの像が1つずつ置かれたり、門番のような存在と考えられています.これは劇中でNHGがガフの守人と呼ばれていたことと一致します.

次に注目したいのは「剣の炎」です.同じ箇所について、別の邦訳を参照するとこの剣が回転し始めます.

「神は人を追い払い、エデンの園の東にケルビムと自転する剣の炎とをおき、生命の樹への道を看守らせることになった」

『旧約聖書 創世記』(関根政雄訳、岩波文庫、1956年初版、1967年改版)

「こうして神は人を追放し、いのちの木への道を守るために、ケルビムと、輪を描いて回る炎の剣をエデンの園の東に置かれた」

『旧約聖書〔新改訳2017〕』(新日本聖書刊行会、電子書籍版)

聖書の編集、翻訳事情は歴史が深く、ここで立ち入る余裕も力量もないのですが知らない方のために必要な範囲で触れたいと思います.

創世記を含む旧約聖書の原典はヘブライ語、ギリシャ語、サンマリタン版の3種類があり、原テクストはいずれも失われ、残っているのはそれらの写本になります.その中で最も古いのが、紀元前3世紀中頃にエジプトではじめてヘブライ語からギリシャ語に翻訳された「七十人訳聖書」と呼ばれるギリシャ語訳聖書です.新約聖書で旧約聖書が引用される際は必ずこの訳からされていることからキリスト教で旧約聖書といえばこれを指します(もっともユダヤ教では外典扱い).

今回用いた日本聖書協会の訳はドイツ聖書協会が編集したビブリア・ヘブライカ・シュトットガルテンシア(通称BHS)を底本とします.ビブリア・ヘブライカとはヘブライ語訳聖書を意味しBHSはその第4版になります.つまり上記ギリシャ語で書かれた七十人訳ではなくヘブライ語聖書を編集翻訳したものになります.

先ほど引用した1つ目の岩波文庫版はルドルフ・キッテル編纂のビブリア・ヘブライカ(BHK)を底本にしています(同書232頁.もっとも翻訳の際の参考文献を数冊挙げている).このBHKを改訂したのが上述BHSになります.また2つ目の新日本聖書刊行会によるものはBHSに加えて、ビブリア・ヘブライカ・クインタ(BHQ)も底本に用いています(あとがきより).BHQはBHSを改訂した第5版です.旧い順に整理すると、
BHK(岩波)→BHS(日本聖書協会)→BHQ(新日本聖書刊行会)
要するにいずれも底本が異なるというわけです.引用した箇所の剣の描写で訳が異なる原因はわからないですが、翻訳する人、団体以外に、何を底本に用いるかといった事情も絡んでくることがお分かりいただければと思います.今回別の翻訳書を確認したのにはこういった理由があります.

さて問題は庵野さんが参考にしたのはどちらかということですが、剣が回転している場合、次のシーンが理解できます.

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新2号機の13号機戦でロンギヌスの槍は自ら回転しながら周囲を回っていました.聖なる槍は創世記の炎の剣を模していたのです.とすると、槍とアダムスが神の世界であるゴルゴダオブジェクトに残されたことと、『創世記』の記述(ケルビムと剣がエデンの園の門に備えられたこと)がつながります.おそらく庵野さんは日本聖書協会以外の聖書を参考にしたのでしょう.




5.アダムスの数

ゲンドウ「ゴルゴダオブジェクトだ.ヒトではない何者かが、アダムスと6本の槍と共に、神の世界をここに残した」(シンエヴァ)

司令の台詞からはアダムスの数は決められません.上述の邦訳でも剣とケルビムの数は不明です.そこで今度はいくつか英訳を参照してみましょう(太字強調引用者).

①「After he drove the man out, he placed on the east side of the Garden of Eden chrubim and a flaming sword flashing back and forth to guard the way to the tree of life」(NIV)←原文へのリンク埋め込みました

②「So he drove out the man; and he placed  at the east of the garden of Eden Cherubims, and a flaming sword which turned every way, to keep the way to the tree of life」(KJVNKJVESVもほぼ同様)

『詩篇』18章「(10)主は天を傾けて降り密雲を足もとに従え、(11)ケルブを駆って飛び、風の翼に乗って行かれる」

ケルブはケルビムの単数形です.炎の剣の描写が異なることのは先ほど述べた通り底本や訳者が異なるのでしょう.ここでは1つの剣と複数のケルビムが置かれたと理解されていそうだ、ということがわかれば十分です.

細かいですが、KJVでは“Cherubims“となっていますがその改訳版であるNKJVでは“Cherubim“とsは取られ、それはESV、NIVも同じです.これはケルビム自体が複数形だからです.KJVの“Cherubims“表記は誤りとも理解できるし、複数いることの強調とも理解できます.語源を知らない読者はケルビムを単数形と読んでも不思議ではないのでそのことへの配慮があったのかもしれません(教えを遍く広める目的からして幅広い読者を想定することは当然の配慮といえます).

翻って庵野さんが邦訳以外に手を伸ばしていたとすればアダムスは槍の数より多く用意されていた可能性があります.もっとも邦訳にとどまった場合、剣とケルビムが1対1で置かれたと読めるため、劇中のアダムスも槍と同じ6体と考える余地があります.

私個人として6体説に魅力を感じます.というのも、ものの本によれば智天使の数は6体+堕天前のサタンの計7体という説があり(グスタフ2004:300頁)、サタンが劇中のリリスとすれば、劇中のアダムス5体(南極の十字架)と残りの1体はどこに行ったんですかね、マリさん.と膨らむからです.

いえ、仮に槍より多くても劇中の死海文書に描かれた人型10体がアダムスなら、セカンドインパクト4体、フォース4体、13号機で残り1体はやっぱりマリさん!の方向で膨らませられるので個人的にはどちらでも構わないといったとこですか.

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奥に10体並ぶ人型はアダムスかそれとも使徒か

最後に炎の剣とDSSチョーカーを関連づけた考察を紹介します(下記記事).ガフの扉の向こうに行くのを阻止するDSSチョーカーの役割とその駆動描写が「炎の剣」と重なるというものです.

またアダムス回ということでついでにNHGの名称も…

今回は以上になります.最後までお読みいただきありがとうございました.

・参考文献等
大貫隆ほか監修『岩波キリスト教辞典』(岩波書店、2002年)
木田献一・山内眞監修『新共同訳 聖書事典』(日本キリスト教団出版局、2004年)
グスタフ・ディヴィッドスン(吉永健一監訳)『天使辞典』(創元社、2004年)
山形孝夫『読む聖書事典』(ちくま学芸文庫、2015年)

画像:©khara/Project Eva.


※追記(2021/12/11)
「3.車輪」に8号機の記述を追加


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