「苦渋の一手」／連作短編「お探し物は、レジリエンスですか？」

「さて部員諸君、我が囲碁将棋部はいまや、存亡の危機を迎えている！」

階段下に設けられた窓のない小部屋で、少年は固く握りしめた拳を眼前に突き出しながら、力説した。

「去年、大逆転の秘策で乗り切った廃部の危機が、ことし、また津波のように襲い来るのは避けようのない事実である」

「その秘策を弄した上でようやく５人でしたからね。３人卒業して僕らだけとなったいま、もうどうしようもないでしょう」

パイプ椅子にふんぞり返って詰将棋の本を眺めながらそう呟いたのは、２年生部員の有村一平。ずり下がった眼鏡を押し上げながら言葉をつづけた。

「それよりその演説口調、やめてもらえませんか、唐沢先輩。先輩と僕しかいないのに諸君、って」

囲碁将棋部の部長、唐沢保はガクリとうなだれながら、有村の向かいにあったパイプ椅子に腰を下ろした。

「いや、『おいお前』じゃ、なんか恰好つかんだろ。まあ確かに、このままじゃ新入部員勧誘も無理筋。秘策ももう使えん」

「秘策って・・・」

有村は唐沢にチラリと目をやったが、すぐに詰将棋に目を戻した。

「囲碁部と合併しただけじゃないですか。しかも相手は３人ともすぐ卒業。囲碁の看板だけしょい込むことになっちゃったんだから、もういっそ廃部でいいじゃないですか」

「そうはいかん。創部から６０年の灯を、俺たちで絶やすわけにはいかんだろ。まだ逆転の目はある。いろいろ考えてきたんだよ」

そういいながら唐沢は何やら書きなぐってきたノートを有村の前に広げる。

「えーとな、順番に行くぞ。１、ボクシング部と合併。チェスボクシングってのがあるらしいからな、それを将棋で・・・」

「お断りです！殴るのも殴られるのもイヤですよ！」

「２、柔道部と・・・」

「殴らなきゃいいって話じゃないんです。体育会系全般ＮＧです」

「じゃじゃあ、これはどうだ？映画研究会と」

「合併はもう無理です。先生たちに見透かされてますし、第一、相手側にメリットがない」

唐沢はあっさりとノートを閉じると、さほど落ち込んだ様子もなく、有村のそばに歩み寄った。

「・・・辛らつだなあ。もう少し愛のある反応はないものかね。コペルニクス的な何かをぶっこんでくるとかさあ。そう『戦況を変える妙手』ってやつ。実は、あるんじゃないの？」

有村は本を閉じると、渋々といった表情で口を開いた。

「なくはないんですけど、『妙手』というより『奇手』ですね」

「ほらー！去年の合併案だって、思いついたのはアリちゃんじゃーん。言ってよ言ってよ」

唐沢は有村の後ろに回り、肩を揉み始めた。

「作るんですよ」

「何を？」

「新しい部をです」

「はあー？」

唐沢は文字通り飛び上がって驚いた。

「新将棋部ってこと？無理無理。だって同好会からスタートで何年か経たないと部には昇格できないじゃん。そもそも、将棋部を新しく作る意味とかなくない？」

椅子に座ったままの有村の周りを、グルグル歩き回りながら唐沢は問いただした。

「ちょ、ちょっと座ってくださいよ。気が散ります」

有村は立ち上がると、唐沢を押さえつけて椅子に座らせた。

「囲碁将棋部の看板は守りますよ。ただ、中身を新しくするんです。うちの高校、去年から共学になったじゃないですか。で、女子の受け皿になる部活がまだそろってない。狙い目はそこです。なんでもいい、華道でも茶道でも、調理部でもいい。活動内容の一部をそちらにシフトして部員を募集するんです」

「女子、かあ。苦手ジャンルだなあ」

「ま、無理にとは言いませんよ。僕は唐沢さんと将棋が指せればいいだけ。部なんかどうなったってかまわないんです」

唐沢はニヤリといたずらっ子のように笑った。

「あとは俺の覚悟次第ってか。見透かされてんなー。おいアリちゃんよ、俺はやるときゃやるオトコだぜ」

「どうですかね？期待はしてませんよ」

有村は椅子に座りなおすと、また詰将棋の本に目を落とした。

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「えー！そんな由来があったなんて知りませんでしたよ、有村さん」

西海日報の若手記者・立花は、ほおばったサンドイッチを咀嚼しながら言った。

「北都英明高校の調理部って、いま全国的に有名じゃないですか。かれこれ２０年前、その前身が囲碁将棋部だったなんて聞いたことなかったっすよ」

「ま、いわゆる『黒歴史』ってヤツなんだろうな」

県庁の記者クラブで立花と机を並べる北都新聞の記者・有村は飲み干した野菜ジュースの紙パックをゴミ箱に放った。

「将棋の駒をかたどったクッキー焼いたり、将棋盤っぽいメロンパン焼いたりして部員を勧誘したんだよ。そしたら女子が２０人も来てな。男も２人入ったんだが、どうにも肩身が狭かったよ」

「その、部長はどうしたんですか？唐沢さん、でしたっけ？」

「市内のフレンチで、今年ミシュラン２つ星ついた店あるよな。店の名前、知ってるか？」

「・・・あ、『ビストロ・カラサワ』！」

「おっと、いま何時だ？１４時か。ちょっと出てくるけど、なんかでかいモノあったら教えてくんない？」

取材カバンを肩にかけて立ち上がった有村に、立花が聞く。

「いいですけど、どこいくんすか？」

「きょう水曜だろ？カラサワが定休日だから、俺、呼ばれてんだ」

「え、定休日なのに？」

「・・・一局、指しに来いってさ」

そういうと有村は、記者クラブの扉の向こうへと、姿を消した。

＜終＞