ソナチネとその男、

普通、人に暴力を振るう時殴る側の人間には表情がある。
大体の場合、怒りや憎しみの表情が浮かぶはずだ。
なのに北野武の演じる役の暴力には表情が一切ない。
普段生活している時の顔との変化がない。例えば誰かと話している時、食事をしている時、冗談を言っている時のように、生活の中に当たり前のように暴力が存在している。
殺しもそうだ。ゲームの世界のように、まるで残機があるかのように簡単に人が死ぬ。その人が今まで生きてきた事なんて全く知らなかったように躊躇いなく殺す。
フィクションでは他に全く見ないほどなんのストーリーも、台詞も演出もなくただ人が死ぬ。けれど考えてみればそれはとても自然なことである。現実世界で殺人が起こったとしてもきっとそこに台詞もなく、大袈裟な演出もない。
ただ人が死んだという事実だけがある。
北野武作品の魅力は限りなく''自然''であることだと思う。
だからこそ、異質であるはずの殺人や暴力が全くの違和感なく、まるで登場人物が言葉を交わすかのように行われ、見ているこちらもそれについて疑問を浮かべることはない。
またこの2つの作品には大体の映画にある、「主人公への感情移入」が一切ない。
そもそも声に出した言葉以外の台詞が全くないため、本当はどう思っているかは見たあとも分からない。
全部気まぐれにも見えるし、緻密な思考を重ねた上で辿り着いた行動にも思える。
この人の一挙手一投足を見逃したくないと思える俳優に今まで出会ったことがない。本当に魅力的な人だ。


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