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地域のプレイヤーや行政、大企業など、属性の異なる活動をかけ合わせ、空き家活用の新しい解を生み出す。松戸市社会教育課・PARADISE AIR・omusubi不動産クロストーク

omusubi不動産では「旧 藝大寮活用プロジェクト」と題して、2022年3月に閉寮した東京藝術大学(以下、藝大)の学生寮の利活用の方法を探るプロジェクトを展開しています。

これまでに、松戸や藝大にゆかりのあるアーティストによるテスト滞在やイベントなどを実施してきました。
プロジェクト実施の背景や、過去のイベントの様子は「#旧藝大寮活用プロジェクト」よりご覧ください。

これまでのプロジェクトを踏まえ、今回は、空き家活用と社会教育、アートというテーマをベースに、より広く、藝大寮や大規模な空き家活用の可能性を探っていく対談を行いました。

参加者は、松戸市社会教育課の青木 史さん、PARADISE AIRの森純平さん、そしてomusubi不動産の殿塚です。

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ーまずは皆さんの自己紹介からお願いします。

松戸市社会教育課・青木さん(以下青木):青木と申します。社会教育課は社会教育全般を担う部署で、私自身は、市民向けの生涯学習講座の企画から運営総括までを担当しています。

PARADISE AIR・森さん(以下森):僕は松戸で2013年からPARADISE AIRというアーティストインレジデンスの運営を行っています。PARADISE AIRではこれまで、世界中から約500人を越えるアーティストが滞在し、活動を行ってきました。松戸以外では、青森県八戸市の「八戸市美術館(*1)」のプログラムも含めた設計や、茨城県取手市にある「たいけん美じゅつ場VIVA(*2、以下VIVA)」の共同ディレクターもしています。建築設計やプログラムを通じて、建物を使う人や街の人とアートや文化活動を繋いでいくことに取り組んでいます。

omusubi不動産・殿塚(以下殿塚):主に古民家や団地をDIY可能な物件にして、アーティストやクリエイター、小規模な事業者に貸し出したりしています。2020年4月からは下北沢にも拠点を構えて、「BONUS TRACK(*3)」という施設の管理やコワーキング・レンタルスペースの運営もしています
最近は不動産の開発と社会課題解決や文化芸術を掛け合わせた相談を受けることが増えていて、旧藝大寮もその一環でお話をいただきました。今年はそのリサーチとして、森さんや松戸市の皆さんと一緒に企画を行ったり、議論を進めてきました。

左上から時計回りに、PARADISE AIRディレクター・森さん、omusubi不動産・遠藤、omusubi不動産・殿塚、松戸市社会教育課・青木さん

ーありがとうございます。今回のテーマに入っていくにあたり、まずは松戸の社会教育についてお伺いできますか。

青木:松戸市で行っている社会教育に関する講座は、成人向けと青少年・子ども向けとで、大きく2種類に分かれています。どちらも年間を通じて開催しており、成人向けは大体年間15講座くらい行われています。テーマとしては基礎学力の学び直しや人権、防災などを扱っていて、諸外国の女性外交官を招いてジェンダーや国際政治について学ぶ講座などがありますね。

青少年・子ども向け講座は、主に新松戸にある青少年会館という場所で開催しています。1日限りの講座も多く、年間に40講座くらいは開催しています。内容としては工作やアート、音楽や落語教室など、かなり多岐にわたっています。講師の方は様々な繋がりからお願いしているのですが、長年継続してやってくださる方が多いですね。

開催場所としては、公民館や文化ホールなどの他の公共施設を使うこともあります。人数が多い講演会の場合は市民劇場でやることも多いです。

青少年向けの講座の様子

教える/教わるを越えた関係性

ー次はもう少し外に視点を広げられたらと思います。森さんは今、八戸市美術館やVIVAなど、松戸以外でもアートや社会教育というテーマに取り組まれていると思うのですが、具体的にはどんな取り組みをされているのですか。

森:八戸市美術館もVIVAも、PARADISEを運営するなかで出会った「ラーニング」という考え方がベースにあります。教える/教わる側の立場が明確な「エデュケーション」という言葉に対して、「ラーニング」は学びを互いにシェアする、教える側も教わる側も立場は同じで、時には入れ替わることもあるというニュアンスを含む言葉です。

例えば、八戸市美術館では「アートファーマー」と呼ばれる市民の人たちが関わってくれていて、美術館を訪れるたびに彼らが建築ツアーを開催している風景にであいます。一般的に、こうしたツアーは美術館側が運営することが多いのですが、八戸市美術館ではアートファーマーの人たちが「ここはどんな部屋か、どう使うことができるか」を自分の視点から考えて、ツアーとして実践しているんです。実際にツアーをするなかでお互いに内容を共有したりして、ツアーに参加する観客の方とも学び合いの場が生まれていましたね。


ー教える/教わるという関係性だけじゃない。

森:そうですね。継続してその場所に関わってくれる人はそれぞれ専門性があることも多いので、運営側になってもらうとか、写真がうまい人に記録写真撮ってもらったりとか、単純に「教える/教えられる」ではない状況をどう作るのかというところを模索しています。

ー状況をつくる上でポイントだと感じることはありますか?

森:関わってくれる人それぞれが強みを生かせるような場所や機能を設けることと、活動の広がりをつくることですね。

例えば、講座の参加者が「次こんなことしたいな」っていうのをポロッと言ったりすることがあるじゃないですか。それを見ていた誰かが次の企画の時に「あれやってみようよ」って話して具体化する、そういう相乗効果が生まれる仕組みができたらいいんじゃないかなと。
PARADISE AIRは、その1つの例だと思っています。専門性が全然違うアーティストが世界各国から来て、みんな松戸で何かしたがる。そうした存在と市民から出てきたタネをつないで、自然と物事が実現していく仕組みが生まれてきているような気がしています。

ゼロから企画することは大変なことだとは思うんですけど、今までやってきたことをちょっと開いてみるだけで、次に繋がりやすくなるんじゃないかと思うんです。
社会教育課として行政がやっていることと、PARADISE AIRやomusubiのように民間主導でやっていることがうまく協力できたら可能性が広がるだろうなと。この旧藝大寮のプロジェクトをひとつのきっかけにできたらいいですね。

既存のやり方を積み重ねて、新しい活動を生み出す

ーここからは、社会教育やアートに関する活動場所と空き家活用の関係について話せたらと思います。
社会教育の活動場所の課題としては、どんなことがあるのでしょうか。

青木:講演や授業形式以外の講座をやれる場所がもっとあったら良いのかなとは思いますね。例えば、大きい音を出しても問題ない場所や広さがあるところ、多少汚してもいい場所だったら、音楽や工作など動きのある講座もやりやすいのかなと。もう少し多目的に使える場所があってもいいのかもしれません。

ー広さがあるところというと、藝大寮も含めて、地域企業の寮や研修施設など比較的大きい施設の空き家が地域に増えてきているような印象がありますが、実際にはどうなのでしょうか?

殿塚:社員寮や学校、団地などは、戦後多く作られていましたが、今の時代に合わなくなってきています。しかし用途転用も難しく、企業も活用に苦戦している印象があります。
一方、そうした建物は大きく敷地自体も広いため、地域へ影響も大きく、行政からの利活用への期待値も高いと感じていますね。

今回のプロジェクトの舞台となった旧藝大寮

ー社会教育の場としてそういった場所も使えそうな気がするのですが、利活用は具体的に進んでいるんでしょうか。

殿塚:今まさに模索されていると思います。
大規模な空き家の活用には共通するハードルがあると感じていて、一つは改修費や運営費のような金銭面のハードル、もう一つは元々の建物の利用用途が変わることによる法律的なハードルですね。
でもこうしたハードルは、最終的には様々な方法で個別に調整できることも多いと思います。ただ、「大規模な空き家の活用」という課題自体に対する解はまだ見つかっていないんじゃないかなと。

ー「課題自体に対する解がない」というのは?

殿塚:例えば一言で「廃校の利活用」といっても、そこにどんな人々がいて、どんな地域なのかということによって活用の仕方は異なってくるんですね。既存の事例をコピーしてもうまくいかない。

とはいえ、共通するパターンはあるだろうと思っていて。今回の旧藝大寮プロジェクトでいうと、寮の持ち主である学校や行政、PARADISE AIRやomusubiのように地域でネットワークを持っている団体や民間企業がかけ合わさることで、ひとつの解が作れるかもしれないと感じています。特に大きな空き家の活用では金銭面でのハードルが高いので、そこにさらに資本力のある大企業が関わると、大きなインパクトを与えることができるのではないかと思いますね。

大企業が持つ資本と、地域に密着した小さな民間企業のフットワークの軽さ、さらに行政の公共的な動きの掛け算が、大規模な空き家の利活用におけるひとつの共通解となる可能性があるのではないかなと。

旧藝大寮で行われたワークショップ「ふうせんやさん」。
住宅街に位置する元学生寮の庭で開催されたワークショップは、多くの親子が集う場となった。

森:ちょっとお聞きしたいんですけど、今、数多くの空き家利活用プロジェクトが存在していると思うんですが、全てがうまくいくかというと難しいところがあると思うんですね。うまくいくためにはどんなポイントがあると思いますか。

殿塚:正直なところ、僕たちもずっと模索していて。例えば、omusubiで運営している「せんぱく工舎」というシェアアトリエは、元社員寮を活用しています。そこは、空き家の活用やクリエイターが活動の1歩目を踏み出す場所としてはある程度の成果を生み出していると思うのですが、施設の運営という視点で見ると、「商業施設」としての期待値も感じるようになってきました。そのために、場所に来ていただくためのイベント内容などが、今の僕らのチャレンジポイントだと思っています。
改装費や家賃などの金銭面や、営業日数といった運営面でハードルを下げることはプロジェクトの第一段階として重要だと思うけど、その後は「施設としてどう価値を高められるか」など、段階によってポイントが変わってくるんですよね。

せんぱく工舎。1階はカフェや本屋さんなどの店舗、2階はクリエイターやアーティストのシェアアトリエとして活用されている。

殿塚:あとはもしかしたら、「プロジェクトに関わる人たちが、それぞれのノウハウを掛け合わせた活動を積み重ねる」ということは、ひとつのポイントと言えるかもしれない。

例えばomusubiは、アトリエとしての物件運営のノウハウはある程度構築されてきていて、PARADISE AIRも滞在アーティストとの関係値や、街で実現してきたプログラムが数多くありますよね。

そういったノウハウを生かして、松戸市で行われている社会教育の講座に関わる人や場所、内容を再編するような形でコラボできると、それぞれの負荷はそこまで高くならず、新しいものが生まれる状況を作れるかもしれないんじゃないかと思いますね。

地域の組織や人々が「アート」や「社会教育」を軸に関わりあい、豊かな風景をつくる

ーそれぞれの組織が既存のリソースを掛け合わせることで新しいことを実現していく。それ自体が、街にとってどんなインパクトをもたらすと思いますか。

森:PARADISE AIRには年間5,60組くらいのアーティストがきて何かしらの活動をやっています。松戸市でもそのくらいの数のイベントを開催していると思うので、それぞれがやっているものを連携したりコラボしたら、年間120個くらいの文化的なイベントが松戸市で開催されることになる。それってすごいことだなと。

そうしたイベントも、一部の人が企画や運営を全てする必要はないと思うんです。中には、PARADISE AIRにきたアーティストを勝手に誘って、自分のお店でライブしてもらってる人がいたり(笑)。そうやって、僕たちだけじゃなくて、街の人が自由に”状況”を企画してくれるとすごくいいなと思っていて。「松戸だったら気楽にイベントできるな」とか、「それぞれ自由にやってて面白いよね」って街の人が思ってくれる。徐々にそんな感じの空気が生まれてきているような気がするので、そういう雰囲気をより高めていけたらいいんじゃないかと思いますね。

松戸で開催される国際芸術祭「科学と芸術の丘」では、芸術祭に合わせてあちらこちらで街の人々による企画が行われている。(写真:廣田陸(Riku Hirota))

殿塚:こういう話って、街で文化芸術や空き家活用の担い手が育ってきたからこそできることなんじゃないかと思うんですよね。

立ち上げた頃は、PARADISE AIRやomusubiも自立することで精一杯で。でも10年経って、PARADISE AIRが松戸に「まちにアーティストがいる」という風景を作り、omusubi不動産としては地域の空き家利活用のノウハウを構築してきた。
僕たちの活動は、社会課題を扱うような側面もあるので、行政だけでは解決が難しい課題に対してアプローチすることができます。一方で今は、SDGsの流れもあり、大企業にも「街とネットワークを持って活動をしている団体や中小企業とコラボレーションしたい」というニーズがある。
だからこそ今、こうした大規模な空き家活用という課題に向けて、行政や大企業と一緒になって、「それぞれのリソースを掛け合わせてみませんか」っていう話ができているんじゃないかと思うんです。

じゃあ次の10年はどうなるのかというと、リソースを掛け合わせたものが生まれた結果、どんな効果があったのかということの検証を重ねていく期間になるんじゃないかなと思いますね。

ーアートや文化、社会教育というキーワードを元に属性を越えてコラボすることで、空き家活用だけに止まらない、豊かな風景が日常の中に生まれていきそうですね。

青木:私は、教育の最終的な目的を「社会の当事者となって主体的に考えて行動する人を育てる」ことだと思っていて。そういう意味でアートが教育にもたらす効果は、すごくたくさんあると思うんです。
また以前は子育てに関する部署にいたので、生きづらい子どもたちの存在も感じているのですが、彼らの窮屈さを揺るがす力もアートにはきっとある。子どもも、そして大人も、アートを通じて自分たちが知っている枠組み以外の世界を知ることができると思うんです。今後、様々な人たちと一緒に、そういった場所を検討していくことができたら嬉しいですね。

*1 八戸市美術館 青森県八戸市にある市立美術館。2021年に改修が行われ、アートを通した出会いが人を育み、人の成長が街を創る「出会いと学びのアートファーム」をコンセプトに生まれ変わった。
https://hachinohe-art-museum.jp/

*2 たいけん美じゅつ場 VIVA 取手で行われている「取手アートプロジェクト」内のコンテンツの1つとして、JR取手駅構内に設けられたスペース。ライブラリや工作室のほか、講座やワークショップなども行われている。https://www.viva-toride.com/

*3 BONUS TRACK 2020年4月に小田急線の再開発に伴い東京・下北沢に誕生した、新しいスタイルの商店街。https://bonus-track.net/

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これにて対談は終了。アートや社会教育、空き家活用という文脈にとどまらず、それぞれの活動が積み重なっていくことで生まれる新たな可能性や、今後の松戸での展開にむけた兆しを感じることができる時間となりました。

これまで、旧藝大寮の活用というテーマのもと、テスト滞在や様々なイベントを実施してきたこのプロジェクト。

今回の対談ではアートを通じて「互いに学び合い、あたらしい世界に気づく場」を作り出せる可能性や、そういった場が街に生まれることで社会教育の新たな展開につながる可能性が見えてきました。
元学生寮であり「教育」という文脈を持っている旧藝大寮は、そうした場を作っていく具体的な事例として考えていくことができそうです。

また、大規模な空き家の活用という側面では、PARADISE AIRやomusubi不動産が松戸の街で積み重ねてきた活動に、松戸市や地域の大企業の動きが掛け合わさることで、互いのノウハウが生かされ、新たな展開が生まれる可能性を感じることができました。
フットワークの軽い民間企業や団体・公共事業を推進する行政・資本力を持つ大企業が連携し、それぞれのリソースを活かして開発から運用までを見据えたスキームを構築していくことが、街にインパクトを与える全国各地の空き家活用の一つの解になるのかもしれません。

旧藝大寮プロジェクトのレポートは、一旦ここで一区切りとなりますが、ぜひ今後の展開も楽しみにしていただければ嬉しいです。

文章・写真:原田恵




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