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現代アートの最前線から、まちとアートが交わるヒントを探る。9/11「ドクメンタ15 報告会」イベントレポート

omusubi不動産では「旧 藝大寮活用プロジェクト」と題して、2022年3月に閉寮した東京藝術大学(以下、藝大)の学生寮の利活用の方法を探るプロジェクトを展開しています。

これまでに、松戸や藝大にゆかりのあるアーティストによるテスト滞在やイベントなどを実施してきました。

*プロジェクトの背景や、過去のイベントの様子は以下よりご覧ください。
9/4 演劇ワークショップ「芸大寮最後の夜」イベントレポート

今回は、その一環として行われたトークイベント「ドクメンタ15 報告会」の様子をお届けします。

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5年に一度開催される、世界最大規模の現代アートの祭典「ドクメンタ」。
今年の夏開催されたドクメンタ15には、omusubi不動産とともに旧藝大寮プロジェクトを進めるPARADISE AIRの加藤康司さんがアーティストとして参加しました。
また建築家の山川陸さんは、ウェブマガジン『建築討論』取材のために、加藤さんと同時期にドクメンタ15を訪問しています。

PARADISE AIRの森純平さんをモデレーターに迎え、お2人がドクメンタ15について語り尽くす報告会を旧藝大寮にて開催しました。

左から、森純平さん、山川陸さん、加藤康司さん。

報告会は、加藤さんによるドクメンタの概要の説明からスタート。

ドクメンタは、ドイツのカッセルという都市で開催される世界で最も有名な芸術祭の一つ。100日間の会期中、カッセル市内のあちらこちらで展示やイベントが行われます。
今年はルアンルパという、インドネシアを拠点に活動しているアーティストコレクティブ(*1)が芸術監督を務めました。

加藤「ルアンルパは、イベントや展示会など、アート制作に止まらない幅広い活動をしていることで有名なコレクティブです。メンバーもアーティストに限らずキュレーターやリサーチャーなど幅広く、かなりの人数が所属しているそうです。
アジアのアーティストがディレクションすることがドクメンタにおいて初めてのことだったので、今年は非常に面白いことになるんじゃないかと思っていましたね。」

*1 アーティストコレクティブ:複数のアーティストによって形成され、活動をともにする集団。

今年のドクメンタには、いくつかの重要なキーワードが設けられていました。

加藤「今回のキーワードの一つに『ルンブン』という言葉があります。ルンブンはインドネシア語で米を保管する倉庫ですが、人々が集まってご飯を食べたりお酒を飲んだり、お互いの考えを共有するプラットフォーム的な場所でもあるそうです。
また他にも、食事や飲み会などの交流自体を意味する『ノンクロン』や『ハーベスト』など、”人が集まって一緒に交流する場所” を意味する言葉が多用されている印象がありました。」

一方、山川さんがまず注目したのは、街の使われ方だといいます。

山川「今回、『カッセルという街をどう捉え直すか』ということもテーマの一つだったと感じています。
過去のドクメンタは、カッセルの街の中心地でもある駅側のエリアで主に展開されてきました。それに対して今年は、川の向こうも含めた街全体を大きく4つのエリアに分けています。
その中の1つは、元々産業地帯で現在は衰退し廃墟も多いエリア。これまではほぼ使われてこなかったような場所ですね。一方でこれまで使われてきた会場は、今回はあまり使われていませんでした。これまでと全然違う街の使い方が、今回のルアンルパのキュレーションの方向性を端的に示していたと思います。」


【アーティストも来場者も集まって、気軽にシェアできる場】

今年のドクメンタの参加アーティスト数は、なんと1500人以上。例年の倍以上のアーティストが参加し、膨大な作品が展開されていました。
その中でも、「人々が集まり、気軽にアイデアをシェアする」という意識が人々の間で共通していたと加藤さんは話します。

加藤「例えば、毎回中心的な会場として使われているフリデリチアヌム美術館というところがあります。
今回この場所の展示コンセプトは、”学びの場”というもので、イベントスペースでアーティストがパフォーマンスしたり、子ども向けのワークショップも積極的に行われていました。美術館の裏手にはキッチンが設けられて、アーティストたちの食堂のような憩いの場としても使われていて。
フリデリチアヌム美術館はいわばドクメンタの”顔”であり、いわゆる”西洋らしさ”や”威厳”のようなものを表す場所でもあります。そこも今回、レジデンスや学びの場として活用され、人々が気軽に集まり交流する場になっていたのが面白かったですね。」

また、各アーティストの制作についても話が及びました。

加藤「全体の3割くらいのアーティストが滞在制作のような取り組みを行い、他は事前に準備してきた作品を設置するような感じでした。海外からのアーティストは、滞在ビザの制限で、全期間続けて滞在することができないんです。なので、途中で一時帰国してまた戻ってくるアーティストも多くいましたね。」

今回のドクメンタは、開催前から反ユダヤ主義問題をめぐる論争に見舞われており、スタートしてからも様々な問題や事件が起きていました。ただ現地には、そうした空気を感じさせない、むしろそれを超えていこうとする人々の姿があったといいます。

加藤「僕はできる限りイベント会場に足を運んで、色々な人々と出会うようにしていたんですが、皆真面目な話もしつつ、何よりここでの出会いを楽しんでいる姿が印象的でした。ネガティブな情報がメディアで流れる中で、アーティストたちからは『協力して最後まで走りきるんだ』っていう気持ちを感じましたね。」

【カッセルでの滞在制作】

加藤さんは東京藝術大学のプログラムに参画し、アーティストとして現地でのプロジェクトにも取り組みました。

加藤さんが行ったのは、東京藝術大学の学長である日比野克彦さんが主導する「明後日朝顔プロジェクト」。朝顔の育成を通して、人と人、人とコミュニティ、そして地域と地域をつなぐアートプロジェクトとして日本各地で行われています。今回加藤さんはこのプロジェクトをカッセルで展開することとなり、朝顔を携えて様々な展示会場やイベントを訪れ、色々な人々と交流しながらプロジェクトを育んでいったそうです。
また同時に、現地で出会ったアーティストともプロジェクトを実施しました。

加藤「今年のドクメンタは色々な人と繋がることが重要とされているので、僕らも参加しているアーティストに気軽に話しかけて、アイデアの共有のような、作品づくりの根本の部分から一緒にできたらと考えていました。
最終的には、ドクメンタ内のプロジェクトやローカルなアーティストととも協力して、七夕をモチーフとしたインスタレーションを展開しました。」

また「明後日朝顔プロジェクト」には、驚きの展開があったそう。

加藤「滞在していたところの受付で相談していたら、たまたま通りがかった清掃員のお兄さんが、小さな庭のようなところに連れて行ってくれて。そのまま庭に穴を開けて、朝顔を植えちゃったんです。朝顔はまるで連れ去られるようにカッセルの地に根付いたと(笑)。いつかカッセルで花を咲かせるのが楽しみですね。」

「明後日朝顔プロジェクト」の朝顔がカッセルの地に根付いた時の様子

【他者とのコミュニケーションをいとわない姿勢】

山川さんは、今回のドクメンタ15のテーマについて、現地を訪れたからこそ得た感覚があったと話します。

山川「今年のドクメンタには『Make friends, not art』というテーマが掲げられていました。
言葉の通り、パーティーのようなイベントもたくさんあり楽しいことも多かったんですが、実際はかなり重たい意味を含む言葉だとも感じたんですね。
そもそも、人と関係性をつくるためにはそれなりの時間を共有する必要がありますよね。今回は、そういう『時間をかけること』を大前提にされていることが多かったように思います。
例えば、僕が会場内で滞在していたレジデンスで、作品を見にきた観客から『文字ばかりで読むのが大変だから、代わりに説明してくれない?」って話しかけられたんですね。それを展示アーティストに伝えたら『伝えたいことは全部書いてあるから、もし読んでないなら読んでって言って』というようなことを言われて。そうしたらその観客は『今年の展示は不親切ね』って帰っちゃったんです。
来場者は作品の意図を”早く”知りたいという気持ちがあるのに対して、アーティストは”時間をかけて”それを伝えたいという気持ちもあると思います。
こういうやりとりを経験して、改めてここで展開されている皆で囲む食事やイベントは『伝えるために何ができるか』という、楽しさだけじゃない切実な思いもあったんじゃないかと思いました。」

加藤「全体を通じて『ゲートは開いているが、場の入りやすさには個人差がある』という印象は否めないと思います。ただ、食卓みたいな緩さのある場、いわゆる西洋的な”言葉を通じたコミュニケーション”に限らない仕掛けは意識的に設けられている。
こうしたコミュニケーションの取り方は、ルアンルパ自身がずっと取り組んできたことでもあって、ここも今年の特色だったと思いますね。」

ここで森さんから「ルアンルパはアーティストにどんなディレクションをするのか?」という質問が。

加藤「僕はルアンルパから『こういう面白い人がいるから会ってみたら?』っていうコメントをもらいました。ディレクションというより、出会いを提供してくれるようなコメントが多かったですね。これはどのアーティストにも共通しているそうで、ルアンルパ自身の考えを強要することは一切ないんです。
少し話が逸れますが、”アーティストコレクティブ”って色々な矛盾があると思うんですね。アーティストは強い考えを持っている人たちが多いから、そういう人たちが集まって活動を続けることには難しさがある。
そうした中で、ルアンルパがコレクティブとして活動を継続しているということは、話を聞いたりそこから発展させることに相当長けているんだと思うんです。純粋にいちアーティストとして、すごいなと感じましたね。」

【ドクメンタと2人の今後】

ドクメンタ15は9/25に閉幕しました。今後はどのような展開を見せていくのでしょうか。

加藤「今回新しく作った施設をカッセルの別の場所に移転させて、活動を継続していくそうです。他のアーティストにも、展覧会が終わった後に何かやってくれないかという話をしているようですね。」

山川「ドクメンタの準備期間からカッセルに引っ越したルアンルパのメンバーがいるんですが、彼らは会期後もそのまま住むと聞きました。移住というのは極端な例ですが、そのくらい彼らはドクメンタを一過性のものとは考えていない。だから、今回うまくいかなかったりチャンスを広げられなかったことがあったとしても、『次のドクメンタやカッセルを訪れたときにまた何かできたらいいよね』と捉えていると思いますね。」

加藤さんと山川さんのお2人は、ドクメンタの経験を踏まえてどんなことを考えているのでしょうか。

山川「一つでもいいから、自分で場所を作ってみたいなと思っています。
建築の世界では、空間や場を開くとなると、色々な議論があったりするんです。でもドクメンタを訪れて『まずここまで責任持ってみよう』とか、自分が決めてみること、人それぞれの開き方に意味があると感じられました。いい意味で場所を持つことへのハードルが下がった気がしますね。」

加藤「ルアンルパをはじめ成功しているコレクティブは、アーティストとか関係なく、人としての立ち振る舞いが素晴らしいんですよね。すごくリスペクトするし、自分の日常にも反映させたいとシンプルに思っていて。だから、すぐにでも何かしなきゃみたいな気持ちではなくて、今回色々学ばせてもらったことをまずは日常から生かしていきたいと思っています。」

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報告会はこれにて終了。

長時間に渡って、膨大な量のレポートをしてくださった加藤さん、山川さん。熱心に耳を傾ける来場者の皆さんの姿とともに、かつて学生たちが熱いアートへの議論を交わしていたであろうこの場所で、再び同じような光景が広がる時間となりました。

今後この旧藝大寮を活用していくためにどんなことができるのか。報告会を通して、アーティストと地域の人々がともに作りあげる最前線の芸術祭から、このプロジェクトに通じるさまざまなヒントを得ることができました。

こうしたアートにまつわるイベントや企画を重ね、利用者や街の人との接点や学びの機会をつくること。それが旧藝大寮の新たな可能性のひとつになりそうです。

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旧藝大寮プロジェクトでは地域との交流を通して、この場所の可能性やまちのニーズを探る企画を実施していきました。その様子は随時お届けしていきますので、どうぞお楽しみに。

文章・写真:原田恵

【今回のイベント概要】
「ドクメンタ15 報告会」

日時 :2022年9月11日(日) 15:00-17:00
参加費:無料
定員 :20名程度
詳細 :旧 藝大寮活用プロジェクト イベントページ

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