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過去と今が重なる時間が、その場所の未来につながっていく。「演劇ワークショップ『芸大寮最後の夜』」イベントレポート

住宅街が広がる松戸市新松戸。
そこに位置する東京藝術大学(以下、藝大)の「国際交流会館」は、元々留学生の学生寮として使われていましたが、
設備の老朽化やコロナウィルスの流行による留学生数の減少などから、2022年の3月に閉寮となりました。
omusubi不動産では、「旧 藝大寮活用プロジェクト」と題して、この場所の利活用の方法を探るプロジェクトを展開しています。

藝大の寮として、アーティストの卵である多国籍な若者が暮らしてきたこの空間。その文脈をたどりながら、松戸や藝大にゆかりのあるアーティストによるテスト滞在やイベントの実施といった活動を始めています。

今回は、その一環として9/4に行われた「演劇ワークショップ『芸大寮最後の夜』」の様子をお届けします。

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ワークショップ「芸大寮最後の夜」は、学生寮として賑わっていた面影に思いを馳せ、言葉や身体を使ってパフォーマンスを行うことを目指したもの。松戸を拠点に活動する演出家の岩澤哲野さん、映像作品を中心に制作するアーティストの加藤康司さんの共同企画としてスタートし、旧藝大寮に滞在している俳優・パフォーマーの石原朋香さん、松戸在住の俳優・松﨑義邦さんも特別ゲストとして加わって実施されました。

まず、参加者たちは会場となるアトリエに集合。今回のワークショップについて説明を受けた後は、早速ツアーとして建物の中を回ります。

建物の中は居室だけでなく、談話室やキッチンなど、学生たちが生活するための様々な空間が過去の日常のかけらと共に残っています。それらをもとに、藝大寮の面影をたどっていきます。

談話室のホワイトボードには世界地図が。かつて滞在した学生たちの顔写真と名前がそれぞれの出身地の場所にピン留めされており、参加者はこの中から気になった方を見つけ、そのキャラクターを想像します。

次はキッチンへ。学生たちが日々の食事を作り、時にはたわいのない会話を交わしていたであろうこの場所には、食器や調理器具が多く残ります。この中から、参加者たちは自分が想像したキャラクター、すなわち”そこにいたかもしれない学生”のイメージに合うカップを選びました。

アトリエに戻ってきたら、輪になって改めて自己紹介からスタートです。
でも、自分のことを紹介するわけではありません。参加者が想像した学生になりきって、出身地のアピールポイントなどを、”自分”のこととして紹介します。

自己紹介が終わったら、「ベクトルゲーム」と呼ばれるワークへ。誰かの名前を呼んだら、呼ばれた人は次の人の名前を呼ぶ、という行為を繰り返します。その次は、相手に向けて手を叩き、相手はその音をキャッチしてまた別の人に渡すというように、音をキャッチボールしていきます。

慣れてきたら、今度は名前を呼ぶことと、手を叩くワークを同時に行います。最初はそれぞれの動きがチグハグになりそうな人もいましたが、何度か繰り返すにつれてすぐにスムーズに。

次は選んできたカップを手に、それぞれが演じる”学生”の国の言葉で順番に乾杯をするワークへ。

ワークの間、スタジオに置かれた大きなディスプレイには、寮の中の風景やワークショップの様子など、加藤さんがその場で作成する映像が流れていきます。

次は、藝大寮にかつて広がっていたであろう光景を想像して、その一瞬をポーズで表現してみます。

絵を書いている瞬間、木材をノコギリで切っている瞬間、ジグソーパズルを完成させようとしている瞬間など、寮に残されたものから、自分が表現する”一瞬”を考えます。

今度は、その”瞬間”を繋いでいくワークへ。誰かがその人の肩を叩いたら、叩いた人と相手はそれぞれが表現するポーズを入れ替えます。互いにポーズが入れ変わる瞬間を見届けながら、ゆっくりとシーンが動いていきました。

最後は照明を落とし、これらのシーンを全てつなぎ合わせ、1つの作品として上演しました。

参加者が演じる背景には、音楽とともにそのシーンを彩るかのような映像が流れます。
一つ一つのワークだったものが乾杯のシーンを軸に繋がり、かつてこの場にいた学生たちが過ごした「芸大寮の最後の夜」のような、一つの時間として流れていきました。

上演が終わった後は、参加者でワークショップを振り返りました。

「演劇は台本をもとに緻密にやっていくようなイメージがあったけれど、楽しくワイワイやっていたら、最終的に形になっていたのが面白かった。」
実際に藝大寮にテスト滞在していた方からは、
「この寮に滞在した自分と、過去に暮らしていた学生を想像して演じる自分が、層のように混ざっていったのが面白かった。」
という声が上がりました。

また、観客として足を運んでくれた地元の方からは、
「寮が現役で使われていた時に開催されていたイベントの様子を思い出した。今日のワークショップのような、”わかるような、わからないような感じ”に、当時の学生や建物が持っていた”魂”のようなものを感じた。」
という声も聞くことができ、ワークショップは終了しました。

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旧藝大寮の可能性を探るイベントとして実施された今回のワークショップ。どのように企画がスタートし、そして実際に開催して感じたことを、加藤さんと岩澤さんに聞きました。

ー改めて、企画の経緯を教えていただけますか?

加藤さん:「ここでアーティストや街の人と交流できるような場をつくる企画をやってみよう」となったことが始まりです。松戸にゆかりのあることができたらいいなと思っていたので、僕と同じように松戸を拠点にする岩澤さんに相談して実現しました。この旧藝大寮のプロジェクト全体がomusubi不動産と「PARADISE AIR(*1)」の共同企画でもあるので、omusubi不動産でも活動している岩澤さんとPARADISE AIRのスタッフでもある僕が、最初のイベントとしてコラボするのも良いなと思ったんですよね。
あとは個人的に岩澤さんと一緒にやってみたかったし、演劇のイベントに興味があったのも大きかったです。

*1 PARADISE AIR:松戸駅前に位置するアーティスト・イン・レジデンス。国内外から多数のアーティストを受け入れ、制作活動を支援する。旧藝大寮プロジェクトには、イベント企画・参加アーティストの紹介を中心に携わっている。
https://www.paradiseair.info/

岩澤さん:あまり準備時間もなかったので、普段お互いがやっている活動を活かして、自分がワークショップをやり、加藤くんは映像でそのワークショップを捉えていくという形を考えました。
実際形にしていく上では、ゲストの2人の存在がすごく大きかったですね。具体的なワークや内容は、2人と一緒に相談しながら考えていきました。

ーやってみていかがでしたか?

岩澤さん:アーティストとして、一つの作品のあり方みたいなものを開発できたという手応えを感じました。
今回のワークは、普段はあくまでも「ワークショップ」として、基本的に参加者のみを対象としてやっています。つまり観客を想定していないので、なかなか「観られる」ものとしての演劇の「作品」にまでは昇華しづらいんです。今回加藤くんが映像で外からの視点を加えてくれたことで、初めて「作品」にできたっていう実感がありますね。

ワークショップで進行する岩澤さん

加藤さん:演劇の経験がないこともあって、正直ワークショップがどうなるか予想できなくて、不安も大きかったんですよね。でもいざ上演という最後の30分間で、吸い寄せられるようにその場の緊張感や雰囲気に反応して映像を作ることができて、自分としても良い経験をさせてもらったなと思います。

ワークショップ中、映像を作成する加藤さん

加藤さん:企画者としては、滞在者である石原さんに声をかけることができたことや、岩澤さんが色んな方を巻き込んでくれたことがすごく良かったです。地元の自治会の方がいらっしゃってお話しできたことも。
イベントを通じて、僕自身もいろんな人と交流できたので、今後もより多くの人を巻き込んで継続できたら良いなと思っています。

ーこの場所を使ってみてどうでしたか?

加藤さん:学生寮時代からのものや、現在滞在している方のものも多く置かれていたので、まず片付けから始めました。(笑) 
ただ、当時使われていたものをあえて置きっぱなしにすることで、面白い見せ方ができるんじゃないかとも考えていました。ワークショップの外側にある風景や関係性も一つの鑑賞体験として楽しんでもらい、それをきっかけにこの場所を面白いと思わせることも重要だなと。
そういう意味で、良い空間の見せ方ができたんじゃないかなと感じていますね。

岩澤さん:今回会場としたアトリエは、最初は演劇やダンスなどのパフォーマンスの場としてはちょっと狭くて使いづらいかなという印象でした。でも実際に使ってみて、そういったジャンルの発表の空間としても十分活用できるという提示になったかなと思います。

加藤さん:空間の利活用を考える上で、自分たちのような「ものをつくる人たち」の目線で空間の使い方を発見し、楽しんで使ってみることが大事なんじゃないかと思っているんですよね。
ここには何でも試すことができる空気があるので、今回僕らがやってみたことをきっかけに、色々な人の視点が入って、この場所の活用が展開していったら良いなと思っています。

(左から岩澤さん、松﨑さん、石原さん、加藤さん)

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「旧 藝大寮活用プロジェクト」のイベント第一弾として行われた今回のワークショップ。図らずもプロジェクトの最初のイベントが、旧藝大寮の”最後の夜”からスタートすることとなりました。
イベントを通じて旧藝大寮の過去と今が重なる時間が生まれ、この場所の未来への手がかりも見えてきたように感じます。

「旧 藝大寮の利活用プロジェクト」で1ヶ月に渡って行われた他のイベントの様子も随時ご紹介していく予定です。どうぞお楽しみに。

文章・写真:原田恵

【今回のイベント概要】
一般公開演劇ワークショップ『芸大寮最後の夜』 
日時 :2022年9月4日(日) 17:00~19:00
参加費:無料
定員 :6〜7名程度
対象 :高校生以上(演劇経験有無は問わず、演劇に興味がある方、言葉や身体(からだ)を通じた表現に興味がある方)
詳細:旧 藝大寮活用プロジェクト イベントページ

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