【コロナで脱資本主義】エピソード4 本当に、商品の価値は労働時間だけで決まるのか?(1)

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エピソード4 
本当に、商品の価値は労働時間だけで決まるのか?(1)


 前回のマルクんの講義の最後で、ボクは「完璧に理解できました」と答えた。決して強がりではなく、そのときは本当にそう思った。

―― 「商品」とは、「価値」と「使用目的(種類)」を持ち、かつ、交換の対象となるモノ ――

 100円という「価値」の鉛筆には、「書く」という「使用目的」がある。だから、鉛筆は「商品」である。
 そう理解した。

 それに、マルクんが、のっけから持ち出した次のフレーズにも大納得だった。

―― 交換とは、異なる使用目的を持つ同価値の商品間においてのみ成立しうる経済行為である ―― 

 ところがである。その夜、マルクんの解説を脳内でリピートしているときに、ある疑問に直面してしまった。

 そして今日、その疑問を抱いたまま、また、マルクんの講義を受けようとしている。だが、これでは魚の小骨が喉につかえたような気分だ。それに、この疑問を放置したままでは、この先の講義が理解できるかも心もとない。

 しかし、ボクは前回、言ってしまったのだ。「完璧に理解できました」と。

 さて、どうしたものか。前言を翻して質問するか? 

 だが、実は、ボクはそうしたことにはてんで臆病なのだ。お目当てのCDが見つからずに、店員に訊けば一分で見つかるものを、三十分も自力で探したこともある。

「多喜二くん。どうしたんですか? 浮かない顔してますよ」

 突然、マルクんに話しかけられ、ボクは思わず、「あ、いや」と口ごもった。

「あ、多喜二。前回の講義でわからないところがあるんでしょう?」

 エリカの問いにも口ごもると、彼女が続けた。

「じゃあ、マルクんに訊けばいいじゃない。まったく。こういうことになると、多喜二、てんでチキンなんだから」

「チキン? なんで俺がニワトリなんだよ!」
「違うよ。チキンは『弱虫』ってこと」

 エリカのこの一言は癪に障った。
「なんで俺が弱虫なニワトリなんだ! まったくトサカにくるな!」

「ハハハ。多喜二くん、上手いですね。ニワトリだけにトサカですか。それより、質問はなんですか?」
「あ。あの……、いいですか、訊いても?」

「結構、結構、コケコッコー!」
 張り倒すぞ、マルクん。

※※※※※※※※※※

 ボクの疑問はこうだ。

 前回のマルクんの講義では、ブルーノとテイラーの労働時間だけが交換の基準となっていた。

 でも、もしテイラーの編んだ帽子の絹糸が、ブルーノがこねた小麦粉よりもずっと高価だったらどうなるのか? すなわち、こうした「材料費」を無視して商品の「価値」を決めてしまっていいのだろうか?

「いや、今の質問は素晴らしいですね。では、今日の講義は内容を変更して、多喜二くんの疑問について解説しましょう」


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