桜塚やっくんが目指した「お笑い界のトキワ壮」計画 後編
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友人から桜塚やっくんの事故死を電話で知らされ、当然にして信じられない僕は、すぐにインターネットでいくつかの記事を読み始めました。しかし、すぐに画面は霞んで見えなくなります。
両親に泣いている姿を見られたくなかった僕は、友人宅に二泊させてもらいました。その二日間、食事はまったく喉を通りませんでした。
三日目に帰宅すると、母親に言われました。
「やっくんって、お笑い界のトキワ壮みたいなことをやるつもりだったんだってね」
「は? なんで知ってるの?」
「ワイドショーで、やっくんのお父さんが言ってたよ」
やっぱり、やっくん、本気だったんだ・・・。
ちなみに、僕はやっくんの通夜にも葬儀にも出ていません。いえ、家族葬だったので出席が叶いませんでした。
厳密には、幼なじみなどは出席したそうですが、なにせワイドショーが大騒ぎだったらしく、葬儀に出たいというやっくんのファンの多さで収集が付かなくなった結果ですが、僕はやっくんの大親友とはいえ、ご両親とは一面識もないので、やっくんの友人であることを証明する術がありません。結果、断念せざるを得ませんでした。
やっと本題に入れますが、まずはご存知ない方のために「トキワ壮」について簡単に触れておきます。
トキワ壮とは、今では「神」と称すべき手塚治虫さん、藤子不二雄さん、石森章太郎さん、赤塚不二夫さんなどが住んでいた木造のアパートです。
ほかにも何人もいるのですが、文化遺産級の建築物と称しても過言ではないでしょう。
そして、これが前編でお話しした、さくらももこさんの死去から桜塚やっくんを連想した理由です。
さて、やっくんが始めようとしていた、家賃格安の(差額は当然、やっくんが負担します)「お笑い界のトキワ壮」には、入居できない三条件がありました。
①すでに、お笑いだけで食べていける人
②アルバイトばかりして、お笑いの研鑽に励まない人
③お笑いを志して10年以上経過した人
そして、肝は③です。
やっくんが伝えたかったメッセージは、「夢を追うのは素晴らしいこと。しかし、10年頑張ってダメならその夢は叶わない。なるべく早くリセットして、新しい人生を歩むべき」。
僕は、激しく共感するとともに、やっくんの優しさを感じました。
僕が一番嫌いな言葉は、「お前には無理」「どうせ無理」です。これほどの冒涜はないと思います。
しかし、一方で「どうせ無理」はやはりあります。たとえば、中学校の野球部でレギュラーになれない子が、将来、メジャーリーガーになるのは不可能です。しかし、これは実際に野球部に入って野球をしたからわかることです。
僕は、自分の両親がそうだったのでなおさら思うのですが、白球を一度も握らせずに、バットを一度も振らせずに、「お前には無理」という親はいかがなものかと思います。
もっとも、それ以上に最低なのが、野球部でレギュラーにもなれない我が子を、素質が95%を占めるスポーツの世界で成功させようとする親だと思いますが。
子どもの夢を育むのも親なら、時に心を鬼にして、夢を断念させるのも親の使命だと考えます。
ですから、僕はなにかにチャレンジするときに3年計画で考えます。長くても5年です。その期間、決めた以上は全力を尽くしますが、ダメならきっぱりと諦めて、人生をリセットします。
ちなみに、ITライターとして十分すぎる成功を手に入れていたにもかかわらず作家を目指すと決心した僕は、最初から「3年」と決めて上京しました。
上京したのが2004年の夏。そして、「もう作家は諦めよう。できることはすべてやった。来年、静岡に帰ろう」と思いながら2007年が終わろうとしていたある日に出た出版パーティーで、『カブトムシと少年』が収録された『エブリ リトル シング』を読んでくださる編集者に巡り合いました。
ですから、もしあの日、その出版パーティーに出ていなければ、20万部のベストセラーは生まれておらず、僕の肩書も「ITライター」のみだったわけです。
逆に、『エブリ リトル シング』を世界的なベストセラーにしようと3年頑張りましたが、アメリカはとにかくハードルが高く自費出版(しかも売れない)。
さらには、中華圏6の国と地域で出版するも、肝心の中国本土で出版数日後に大規模な反日デモがあり、日本人作家の本はすべて発売禁止になって、世界進出は3年頑張りましたが断念しました。できることはすべてやったので悔いはありません。
いずれ、機会があったらnoteにも書きますが、多くの方が商業出版をするためにはなにかしらの賞を受賞しなければならないと考えているようですが、そんなことはありません。
死ぬ気で3年頑張れば、方法は色々とあります。むしろ、賞を取ってもデビューできる保証はありません(デビュー確約付きの賞は別ですが)。
もし、やっくんが生きていれば、「お笑い界のトキワ壮」は、今日も満員御礼だったことでしょう。
その中から、テレビで売れる人のみならず、間違いなくYouTuberも生まれていたはずです。
繰り返します。
夢を追うほど尊い人生はありません。
しかし、それは麻薬ですので、夢には期限が必要です。
そして、それを誰よりもよくわかっていたのが桜塚やっくんなのです。
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『エブリ リトル シング』第一話、『カブトムシと少年』
「ドラゴンボールZ」ベジータの声優による感涙の朗読
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