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受け入れるということ【梨木香歩著 村田エフェンディ滞土録 読了感想】

「え、綿貫さん出てきますよ?」

本好きの方と話をしていた時に言われたひとこと。
このひとことで、何故今まで読んでなかったのだろうかと後悔した。

なんのこっちゃらだと思うので説明をしたい。
まず、私は梨木香歩さんの大ファンである。梨木さんと言えば、「西の魔女が死んだ」がいちばん有名だろうか。実写映画化もされている。
初めて読んだ時、自然の描写の表現力が凄まじく、まるで木々の中ですーっと呼吸している様な感覚、優しく静かで坦々と、でも暖かい文章に惹かれ、一気にファンになった。
 
それから出版されているものは大半手をつけた気がする。

その中でも「家守綺譚」が1番好きな作品である。
どのような作品であるか、伝えるのが難しい。100年ほど前の話、綿貫という駆け出し作家の日々の記録であるが、ちょっと不思議なことが当たり前に起こるのだ。
その坦々と静かな描写、古風な様子、不思議なことがあっても静かにそこにあるものとして受け入れる。そういった要素が好きなのである。
これ以上語ると話がズレてしまうのでまた別の機会に。

その綿貫という人物が「村田エフェンディ滞土録」に少しだけ登場する。
要は同じ世界線の話だということである。

作者の大ファンのくせに。
何度も読み返すほど好きな作品と、同じ世界線のストーリー、尚且つ綿貫氏が作中チラと登場する事実を把握していなかったこと。
読了していなかったことに対して、ショックを受けた(オタクメンタル)。

もちろん主人公は違う。村田という男だ。彼は土耳古(トルコ)に留学している学生。考古学を学んでいる。英国夫人(ディクソン夫人)が営む下宿屋に、独逸(ドイツ)人のオットー、希臘(ギリシア)人のディミィトリス、ムハンマドと鸚鵡(オウム)、と共に暮らしている。皆出身国が違い、宗教観も違う。異文化を感じつつ、互いを受け入れ異国の地で友情を育んでいく。日々の何気ないやり取りを記録した、そんな青春物語。

家守綺譚と世界線が同じなだけはある。ナチュラルに不思議な事が起こる。
稲荷やアヌビス、サラマンドラが下宿先に登場するシーンがある。しかし坦々とした文章で語られ、その不思議を受け入れている様子さえ見受けられる。

そこがいい。サラッとしていて。

下宿先の話は、宗教観、異文化や人の背景を超えた友情を育む話が中心だが、ここで国同士の情勢が怪しくなっていく。


【この先、終盤のストーリー内容が入ってきます。結末を知りたくない方は読まないでね。】





国同士の情勢が怪しくなってきた頃、村田に日本帰国の話が上がる。考古学研究所の主力職員としての帰国。

「忘れないでいてくれたまえ。」
ディミィトリスの言葉。嫌な予感しかしなかった。

日本に帰国し、研究に明け暮れる日々。
異国の友との手紙のやり取り。情報交換。
しかし音沙汰が怪しくなってくる。

帰国後数年経つ。
村田も研究に対して様々な葛藤を抱えるようになる。疲弊と孤独。読んでいて息が詰まる。

そんな中、留学時代の写真をキッカケに土耳古(トルコ)での思い出が蘇る。錆びた感情が溶かされていく。一気に呼吸が楽になる感覚。スタンブールに思いを馳せる様子はとても切ない。

なかなか連絡が来ないまま時が過ぎる。
やっとディクソン夫人から手紙が届く。

音沙汰が無かった要因。要は戦争である。
そしてそこには、なつかしき友の死の事実が語られていた。




作者のあとがきを読むと分かるのだが、  アメリカ同時多発テロ事件以降の、米軍アフガニスタン侵攻がきっかけとなり、このような話を書いたのだそう。

作中に、「国とは一体何なのだろう。」という描写がある。我々は何か大きな流れの一部でしかなく、時に、とてつもない理不尽に巻き込まれる。

梨木さんの本は、時代と共に移り変わる世間の大きな流れに、主人公が傷つけられてしまうパターンのものがある。(「海うそ」とかね。)

その、到底逆らえない大きな流れに対し、理解は出来なくとも、それを受け入れて生きていく。根底にはそういったテーマがあるように感じる。

今作はとても悲しい終わり方であるのに間違いはない。生きている者には、ただただ思い出だけが残る。

その、心の奥底にある、かけがえのない思い出と共に生きていかなければならない、という事実。
救いがなく残酷。

「私は人間だ。およそ人間に関わることで私に無縁なことはひとつもない。」
ディミィトリスの言葉。作中いちばん印象に残った。宗教感や文化が違い、意見が合わず衝突することもある。しかしそれぞれが、受け入れあって友情を育んだ、かけがえのない日常を送っていた。

どんなに残酷でも、やはり人は人と関わることで救われるのだと思う。

ラストは涙無しには読めなかった。
けれどもしんどさは感じない。不思議な体験。

悲しいけど、暖かな涙が流れる作品であった。

おむ

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