大人の学び直し・物理学

もう1年半くらいになるが、いま私はオンラインで家庭教師的なことをしている。

そして、その生徒さんは、自分の親くらいの年齢の方だ。
この方は、大学を卒業してから20年とか経った後に物理学に興味を持ち、大学や大学院に再入学することを目標に、物理学を学び直している。
大変素晴らしい目標であることは言うまでもないだろう。

この方のように、学生当時は大して興味を持てなくても、いろんなことをきっかけに大人になってから改めて学問に興味を持つことはあるだろう。

例えば学術系のYouTubeチャンネルや放送大学はそのような「大人の学び直し」のハードルを下げてくれる良いコンテンツだ。

とはいえ、一人で学び直すとなるとやはり難しいし、あまり気にしなくても良いような部分を気にしすぎてしまったりと、スムーズに行かないこともあるだろう。

特に、いわゆる自然科学系の分野は、小学校・中学校・高校で学ぶ内容を直接的に駆使して大学以降の教科書などがようやく読めるようになる。
(人文系の学問が大学以前と以後で乖離しているという意図の発言ではない)

つまり、「学び直したい!」と思っても、それなりに前提知識が必要で、その前提知識もそれなりに難しいので、やはり難しいところがあるだろう。

そこで、ここでは大学初年度程度の物理学に関して「大人の学び直し」をしようと思ったときの私が考える「おすすめ」をまとめてみたい。


物理学を学ぶ上で重要なこと

まず、物理学を学ぶときに「重要だけど誰かに言われないと気付けない」ことがいくつかある。
必要な知識や道筋を考える前に、まずはこれについて述べたい。

数学に惑わされない
後で「唯一の前提知識が数学」であることを言うので矛盾しているように思えるかも知れないが、個人的にこれは大変重要なことだと思う。

大学の物理の教科書は、比較的高度な数学で書かれており、初めて学ぶときには何が書いてあるのかさっぱりわからないと思う。

しかし、その「さっぱりわからない」は果たして「物理がわからない」ことなのだろうか?

そんなことはなくて、「物理に出てくる数学がわからない」と言うことが往々にしてある。

途中の式を書き換える部分がわからなかった時や、見慣れない数学の記号が出てきた時は、気になるかも知れないが、勇気を持って先に進んでしまうということが大変重要だと私は思う。

慣れると知らぬ間にわかるようになっていた、ということは物理を学ぶ上での「あるある」なので、どうか数学に惑わされずに、ある程度の諦めを持って先に進むことをおすすめする

■カンニング上等
「勉強=受験」というイメージは比較的強いだろう。

そのため、
「学問を学ぶ=知識が頭に入っていないといけない(暗記していないといけない)」
と考える人がいるかもしれない。

全くそんなことはない。
むしろ、うろ覚えの知識でつまづく方が時間の無駄である。

知識を覚えることは重要ではなく、ここであの式を使ったな、とか、こことここで出てくる式の形はなんとなく似てるな、とか、うっすらとでも知識同士を結びつけるような思考の構築の方が圧倒的に重要である。

なので、もしわからない点や忘れている点が登場したら、遠慮なくカンニングをしながら進むことをおすすめする

前提として必要な知識

大学初年度程度の物理学を学び直そうと思っても、前提となる知識がない状態ではさすがに苦しいと思う。
また、前提となる知識から網羅してくれるような教科書もほぼ存在しなければ、物理の「学び直し」に必要な知識をまとめているようなものもほぼないだろう。

そのため、まずは最低限必要な知識は何だろうか?ということを考えたいと思う。

唯一必要だと考えるのは、数学に関する知識だ。

物理学を記述する言語は数学であるため、その知識がないと、正直なところ手の打ち用がない。
例えるならば、「現代文を学ぶときに日本語を知らない」ようなものだろうか。

平成30年告示の『【数学編 理数編】高等学校学習指導要領』を見ると、高校3年間で学ぶ数学が網羅的に記されている。

このうち、物理学を学び直す上で必要な知識を選りすぐって最低限網羅すると、

◎複素数(数学II)
△図形と方程式(数学II)
◎三角関数(数学II)
◎指数関数・対数関数(数学II)
○極限(数学III)
◎微分法(数学III)
◎積分法(数学III)
◎ベクトル(数学C)
△平面上の曲線(数学C)

といったところだろうか。
これらは優劣がないくらいどれも等しく不可欠だが、その中でも◎>○>△の順番に(個人的に)より重要と考えているものである。

例えば、「初等関数(三角関数や指数・対数関数)や微分・積分、ベクトルを知らない状態で物理を学び直したい」というのはほぼ不可能と言って良いだろう(ハードルが高く聞こえてしまうかも知れないが、事実である)。

とはいえ、物理学を学び直したいときに、私が最低限必要だと思う知識は以上の数学のみである。物理学に関する前提知識は全く必要ないと個人的には思う

これらの知識は、何も大学受験で通用するようなレベルまで引き上げる必要は全くない。
幸いなことに、高校の内容であれば参考書やYouTube等の教材も充実している。
それらを見ながら、少しばかりの例題も解いてみて、「ふーん、こんなものなんだ」程度の数学に触れる体験があれば十分だと個人的には思う。

なので、物理を学び直したいと思い立ったときは、遠回りに思えるかも知れないが、まずは高校数学の必要な部分を学び直すことをおすすめしたい

高校物理から学ぶべきか?大学物理から学ぶべきか?

物理を学び直すとき、より基本的でシンプルな状況を扱っている高校物理から学び直すという選択肢がある。
一方で、初めから一般的な状況を扱える大学物理からいきなり学び直すという選択肢もある。

一体どちらを選ぶべきなのだろうか?

どちらも捨て難いところだが、個人的には大学物理から学び直すことをおすすめしたい。

その理由は、やはり最短で物理を学び直せるからだ。

社会人ともなると、学び直しに使える時間は多くないだろう。
頑張っても、平日に1,2時間+休日に数時間程度だろうか。

その貴重な時間を、高校物理からスタートするのは得策ではないと思う。

また、高校物理からスタートしない方が良いと思う理由は他にもある。

先に述べた通り、物理の基本言語は数学である。
とりわけ、微分・積分やベクトルといった数学的な概念は、物理の理解にも極めて有用な概念である。

しかし、高校物理では、まず微分・積分は登場しない。
また、本来はベクトルとして扱われる式でも、状況を簡単化してベクトルであることを意識せずとも計算できてしまうような場面も多々ある。

わざわざ微分・積分を使わない高校物理特有の解法を学んでしまうと、せっかく学んだ数学も忘れてしまうだろうし、逆に本質的な理解から遠ざかってしまうようなところもある。

もちろん、高校物理を学ぶことにも良い点はたくさんある。

しかしながら、主に
・学び直しに使える時間がそれほど多くないこと
・高校物理では状況が簡単化されすぎていて、かえって困惑する部分があること
の2点を理由に、大学物理から学び直すことをおすすめしたい

しかし、一度大学物理を学んだ後で高校物理の教科書を眺め、
「大学の教科書に書いてあるこの式をこういう状況で変形すると高校物理の公式が再現できる」
というように、
「大学物理の練習問題として高校物理の公式を導く」
というような高校物理の使い方は、物理の理解の助けになることは間違いないので大変おすすめできる。

学び直しにおすすめの本

数年前に書いたこの記事をぜひ参考にしてもらいたい。

最もおすすめなのは、やはり『講談社基礎物理学シリーズ』ではないだろうか。
大学に入ってから物理を学ぶ学生を想定して書かれた教科書で、説明や式変形も大変丁寧に書かれているし、例題も豊富にある。

まずはこれを読んでおけば困らないだろう。


また、他におすすめしたいのが以下の本である。

一般相対性理論の入門書なのだが、この本の良いところは、
前半で必要となる高校数学の知識が解説されている点
である。

序盤で必要となる数学の知識を羅列したが、なんならこの本の前半を読めばほとんどが十分だと思う。
解説も極めてわかりやすく、まさに学び直しに最適な1冊だと自信を持っておすすめできる。

もし数学の学び直しの材料にも困ったら、ぜひこの本を読んでほしい。

物理学の代名詞とも言える一般相対性理論も学べるため、この本を読み進めてもとても楽しめるだろう。
(ちなみに著者のYouTubeチャンネルでも一部大学物理や高校物理を解説している。こちらも大変おすすめである)

まとめ

ダラダラと長い文章になってしまったが、結局私が言いたいのは、

1人で学ぶ必要はない

ということではないだろうか。

「学び直し」に限らず、何か新しいことを始めるときに1人だととてもハードルが高く感じませんか?

物理学に関しても、誰かと一緒に学び直してみたり、学んだことがある人に指導やアシストをお願いしてみたりと、学ぶハードルを下げる方法はたくさんある。
SNSなどで学び直している人や現役の学生・研究者とつながるのも有効な手段の一つだろう。

この記事が、物理学の「学び直し」をきっかけに様々なつながりを作りながらのんびりと物理を体験する人の助けに少しでもなれば嬉しい。

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