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先行研究を読み進められない時に迷い込んでいる迷路の正体

来月また博士課程での過ごし方について話して欲しいというご依頼が来たので、少し肉付けを考えています。一番最初に躓くのはやはり先行研究だと思うのですが、本日師匠である鈴木先生のゼミを聴講しながら考えたことをメモ代わりに3つのステップにまとめてみました。

※ろくに論文も書けてないのにPh.D取っただけでエラそうにこういうことを話したり書いたりするのは大変恥ずかしく思っています。ただ、自分も先輩の経験談に助けられたことがとても多く、一部の方にはSNSでこういう情報を目当てにフォローいただいているようなので、恥を押して書いている次第です。なお、今回は鈴木先生がこういう話をしたのではなく、私がそれを受けて何を考えた内容です。

1.特定の理論、概念に拘泥している

まずは、目についた理論や概念に飛びついた結果、それをどうやって事象に適用するかと考え込んでしまう状態です。社会人が大学院で学び始めると相当数の人がこれにハマっているような気がします。私もモロにこれにハマった数年を過ごしました。実務上の課題が頭にあるので「これで解決できる! なんて画期的な理論なんだ!」と思ってその分野の、さらに限られた文献しか読まないというパターンですね。このパターンでは、

  • その理論、概念が生まれた文献を読む

  • それを使ったケーススタディや先攻要因の調査を読む

  • 文献の焦点がどんどんミクロになるので、問いが些末になる

    • まだ○○分野でやられてないので、適用してみます

    • 要因として○○が考慮されてないので、調査します

というのが良くないパターンです。だいたいD1の4~6月くらいにハマります(あくまでD1から本格的に研究活動に入ったという前提です)。それを持って行ってもゼミで「なんでそれをやるんだ」と問われます。なぜなら、なぜその現場に適用する事が大事なのか、何故その要因を含めて検討することが重要なのかが学術的にわからないからです。この時当人の頭の中では「現場でそういう事が起きているから」という無意識の(意識した?)前提があり、その解決に寄与しそうなことは無条件に肯定している恐れがあります。そのような課題先行の実務家の頭でいると、教員からのこの指摘が理解できずに悶々としてしまいます(先生は大学から出たことが無いからわからないんだよ! と息巻いている人を見た事があります)。

2.別の理論、概念を探して「答え探しの旅」に出てしまう

こうなると、本人は「先生がああいうって事は、この理論じゃダメなんだ」と思ってしまい、次の答えを探しに行ってしまいます。当初はキャリアの事をやりたいと言っていたのに、次のゼミでは「エンゲージメントが…」と言い出し、その次には「バーンアウトの方が良いような気がしてまして」と二転三転するパターンです。そして夏休み前くらいに予定を聞かれて「ちょっとしっかり先行研究読みます」と言うものの、何を読んでいいかわからないという状態です。

まずそもそも他の理論や概念で解決しようとしていることに気づいていない場合、この旅は永遠に終わらない無間地獄です。まだ解かれていない問題を解くのが研究なのに、答えを探しに行っているのですから、行動自体が矛盾しているのです。しかし長年の社会人生活は恐ろしいもので、理屈ではそれが分かっていても無意識のうちに「これで問題が解決できそう」という物に食指が動いてしまうのです。そしてそれをゼミにもっていくと今度はこういわれるのです。「それで解決できるなら、あなたが研究する意味はないんじゃないの?」と。そしてまた次の旅へ…。

3.すでに答えが出ていると打ちひしがれる

1の状態では、ある理論に限定してそれに連なる細かい話を掘り下げているだけです。例えるなら縦に線を引いたような感じ。

2の状態では、あてどない旅に出ているので、白紙に適当にぐるぐると線を引いたような状態です。

極端な話理論的な背景など何でもよいのです。ただ、それを起点にもっと幅広く全方位的に文献を読み込まなくてはなりません。当人もだんだんそのことに気づいてきます。しかしここで、研究と自分の問いを比較して、既に研究されてるかどうか答え合わせしてしまうのです。大抵の事は世の中の研究者が長い年月の中で言及していますから、ここで心が折れます。

実はこれは真っ当な状態でここからが次のステップなのですが、ここで「やっぱりこの理論じゃダメなんだ」と思って1や2に引き返してしまう人がいるのです。めちゃくちゃもったいないです。

こうして社会人大学院生としての1年目はよくわからないまま終わってしまいます。

この時この人が陥っている迷路は、ありもしない正解を探そうとする意識が生み出しています。「この課題を解く素晴らしい理論」や「私の疑問はまだ誰も研究していないという証拠」などです。しかしそんなものは絶対に見つかりません。だから、まったく何も読んでいない訳ではないのに、本人としては手ごたえがなく、当然ゼミでも指摘を受けることを繰り返します。これが先行研究の整理が進まないループの一つです(当然他のパターンもあると思います)。

迷路を抜けるカギ

先行研究の整理はパズルのようなものです。隣り合ってつながる研究もあれば、繋がりそうでそうならないものもあります。そうやってぱちぱち嵌めていくとどう見てもピースが足りない部分が出てきます。その領域こそが研究すべき問いなのですが、それが小さすぎたら「やる意味はあるんかね?」と問われますし、大きすぎれば「それは本当にまとまるんかね?」と聞かれます。先行研究の整理とは、このピースの空白を適切なサイズまで絞り込み、その上で「ここを埋めるのが大事でしょ」と読み手を説得するためのものです。

そこで重要なのは、いったん無心で研究を読むという事です。今どんな研究がされてきたのかを、きちんと「知る」というフェーズを設ける事です。自分が持っている問いがそれらの先人の知とどのように交わるかは、後から考えるべきことで、1つ1つの研究を見て「すでに研究されてるかどうか」と答え合わせする事ではありません。まずは広げたピースの形を知ることが重要です。

そして次にそれらを「繋げる」。研究の面白いところは、ピースの嵌合が合っている、つまり論理的につながってさえいればどんなピースでも自由に持ってこられるところです。だからこそ類似概念どころか、一見関係ないような領域でさえも取り入れることで自分にしか作れないパズルになり、それが研究の独自性になるのです。

番外編.結局先行研究は研究終盤でも読むことになる

先行研究は論文の中では序盤に出てきますが、執筆が進むにあたって結局あらゆるところで関わってくることに気が付くでしょう。ピースの空白が問いだとすれば、今度はそこにはめるピースが研究における結論になる訳です。今度はこのピースの形がちゃんとハマるようになってますよね、という事を説明するにあたり、そこでもいろいろな文献を参照することになります。その時たくさんの研究があなたの結論を肯定する武器になります。この時味わう、まさに文字通りに「物事がハマる感覚」は、きちんと文献を整理しないと得られないものです。そのためにも、まずはパズルを解いてみましょう。そうすれば自然と問いも生まれてくることでしょう。

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