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経営学における実践共同体研究の現在地④

やっと最終回です。では実践共同体研究はこれからどんな展開が可能なのでしょうか。

これまで見てきたように、実践共同体研究は4つに分類できました(詳細はは過去の②~③の記事を参照してください)。これらが実践共同体をどのような視点から見ているかをまとめると次のようになります。

これを利用して、今後どのような研究が可能か考えてみます。
元となっている論文はこちらです↓


実践共同体の変容、あるいは象限間の関係性に関する研究

すでに確認してきたように、実践共同体の研究はそれぞれが持つ視点が違うことで議論の対立を続けてきました。しかし、根本的に見ているものが違うとなれば、話は別です。例えば組織内の実践共同体であれば、潜在的なものが制度的なものに変わっていくという見方ができます。そうするとどのような議論ができるか。例えば、実践共同体には自発性が必要なのだから、組織の管理下にあるものは実践共同体とは言えないという批判がありました。これについては、自発的に生まれた潜在的な実践共同体が、徐々に制度化していくにつれて組織の関与を受容するようになり、その過程でさまざまな促進要因が機能するようになるという検討ができます。つまり、これまでは対立しているように見えたそれぞれの議論が、変容過程に沿って整理することで整合する可能性があります。

近視眼的に「AとBは違うものだ」というものの見方をするのではなく、もっとダイナミックに実践共同体を捉えることで、実態に即した意味のある議論が可能になるかもしれません。

これを図に当てはめて考えて見ると、横方向の動きは「変容」の議論です。これは主に上段の組織内の動きの方が事例が多くなると思いますが、下段においても異業種交流会のようなものから会社同士の連合体のような取り組みに変容する可能性はゼロではないと思います。

縦方向の動きは「越境」の議論です。縦軸を実践共同体の所在としたのはここにポイントがあります。特に昨今の人材育成の議論では越境学習が一つのトピックになりつつありますが、どのような越境をしようとしているのか、越境先にどのような学習コミュニティがあるのか、という理解をする上で今回の整理は役立つでしょう。

経営学の各種トピックとの接続

それぞれの領域は経営学の各種トピックと強い関連性を持っています。制度的実践共同体は組織学習やナレッジマネジメント、潜在的実践共同体はプロアクティブ行動やモティベーション、外部連携実践共同体は越境学習、独立実践共同体はキャリアやレジリエンスなどといった具合です。そして、実践共同体研究なので、いずれも当事者のアイデンティティ変容を前提とするということを忘れてはなりません。

これらの研究をコミュニティと言う観点から見直すことは、既存の研究を保管したり強化することに役立ってくれるかもしれません。

越境の重要性と難しさ

全体を通して殊更重要になってくるのは、越境の考え方です。越境とは当人が依拠する主たる状況と異なる状況をまたぐこと(石山,2018)なので,状況が変わるという意味では4つの象限間の関係性は少なからず越境性を持ちます。

一般に越境学習は良い面が注目されますが、やはりそこには難しさもあります。特に実践共同体と合わせて考えると、ある種の矛盾も生まれるのです。実践共同体は互いに同じ興味関心に基づいて集まっている、つまり同質性が高い集団になっていくわけですが、越境するということは異質性を持つことだからです。今までの自分がいた状況とは異なる状況に飛び込むことで学ぶのが越境学習なわけですから、この点をどうマネジメントするかが非常に重要であり、難しさになってくるでしょう。異質性を取り込みつつも、実践共同体に必要な実践への貢献やそのための居心地の良さのようなものが影響を受けないようにしなくてはなりません。

というわけで4回にわたって自分の論文を解説するという試みをやってみました。改めてこうやって書くことで自分なりに振り返りや「こうやって書けばよかった」という反省もできたので、また新しい論文ができたらやってみたいと思います。お付き合いありがとうございました。


石山恒貴. (2018). 『越境的学習のメカニズム―実践共同体を往還しキャリアを構築するナレッジ・ブローカーの実像』. 福村出版.