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金木犀が「老後」を考えます。その①

 当たり前ですが、生きていれば年に1歳ずつ確実に年を取ります。

 若い頃は、老後のことなどあまり考えもしなかったですが、50代も半ばになると、いろいろな準備や心構えをしていく必要があると思うようになりました。

 最近、興味深い本を読んだので、ご紹介したいと思います。

武田邦彦先生の【科学者が解く「老人」のウソ】(2018年)です。

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 武田先生は、テレビにも良く登場されるので、ご存じの方もおられると思います。執筆当時は、75歳ですが、1週間に4回、テレビ出演をされ、講演は年間150回、著作は年に5冊は出版し、大学教授としての研究や教育も現役という、エネルギッシュな方です。スポーツは、テニスやキックボクシングをされています。しかし、生まれつき病弱で、病気に苦しんできたし、今も体は強い方ではないと言われます。

 そんな、武田先生がいわれるのは、まず男性も女性も、50歳で生物としての人間が終わるということです。いきなり刺激的な言葉で、ではもうすぐ55歳の私はどうなるのだと思います。

 しかし、終わるというのは、「生物としての人間」という意味です。

 女性は、結婚して子供を産み、育てるというのはほぼ50歳までに終えます。男性も、年を取って、体力が落ちて、弱いものを守るために戦えなくなり、肉体労働もできなくなってくるのが50歳くらいだったと言われます。実際に、戦前の日本人の平均寿命は50年くらいでした。

 その後の人生は、別の理由で生きる別の人生だそうです。

 人生は、50歳までの「第1の人生」と50歳以降の「第2の人生」の2つの人生が1人の人間にはあると主張されます。その境目が50歳になります。

 人生100年時代が近づきつつあります。そう考えると、第2の人生も50年あるということになります。今の私の年代である、50から60歳までの10年間は、第2の人生の準備期間だそうです。

 女性の場合、哺乳動物のメスは、すべて生理がありますが、その生理が終わったらメスは例外なく死ぬといいます。

 では、なぜ人間の女性だけが、閉経後も生きていられるのか、様々な説がありましたが、現在考えられているのは「お世話」だそうです。

 この「お世話」に生きる意味と価値があるのではないかという考え方は、「おばあさん仮説」と呼ばれているそうです。

 これは、妻の母親を見ているとよく分かります。70歳を超えても、家事や孫のお世話にいそしむことに生きがいを感じているように思います。

 では、男性はどうすれば良いかということですが、残念ながら男性の50歳以上は、生きる意味が今のところ見つかっていないそうです。

 しかし、男性も女性の「お世話」と同じで、第2の人生では「自分」ではなく、「仲間、社会」などに貢献することがその中心になるべきなのでしょうと言われます。

 第2の人生を送る上で最も大切なことは、「健康ではつらつと働けること」をいわれます。

 武田先生のご活躍を見ると、本当にかくありたいと思います。その為の具体的な方法もいろいろ書かれています。

 武田先生は、座右の銘を自分で作ると言います。その中の1つが、

「降ったら濡れろ、酔ったら吐け」です。

 周囲の価値観に迎合せずに、自然に生きるという意味で、あるがままの自分を認識して、今を生きる。それが第2の人生の極意と言われます。

 第2の人生の準備期間である今は、正に正念場と感じます。武田先生は、「老後」なんてものはないと言われます。第2の人生をどう生きるか、これからも考えていきたいと思います。

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