見出し画像

【エッセイ】アオキ


少し昔の話をしようと思う。
私が中学生だった頃の話だ。

友達にアオキという子がいた。
からだが大きくて、喧嘩っぱやくて思ったことは脊髄反射でなんでも言う。
でも好きな先生が違う学校へ行くと聞くと、涙目になったりする。

そういう清々しさと、人間臭さとを含んだ、はちゃめちゃなエネルギーを彼は持っていた。

私は、アオキと言い合いになるとよく話にならない!とげんなりしたり、
突拍子もないことを言い出すアオキの口からは、次にどんな言葉が飛び出すのだろうかとワクワクしたりしていた。

毎日一緒にいるような関係ではなかったけれど、
席が近ければ、授業中でもふざけ合ったり(アオキは私とふたりで先生に注意されると、授業中でもお構いなしに教室から出ていってしまったけれど)、帰り道が一緒だと、ずいぶん話しに花を咲かせてお互い大笑いしながら帰った。

アオキの家はいつも違う方向にあった。

よく引越しをするのか、
遠回りをして帰りたいのか、
私には分からなかったけれど、

とりあえず、アオキは一緒に帰るとよく「うち、こっちだから」とよくわからない方向を指差して、最後は私を私の家まで送ってくれた。

私が、
家の階段を登っていると「ばいばあい」と見上げながら言って、校則では持ってきちゃいけないはずのスマホを口元に当てながら、大きな手を振って去っていくのだ。

だから、私が、アオキの家を通り過ぎたり、アオキの家に行くことはなかった。

私はアオキのちゃんとしたことは、ほんの少ししか知らなかった。

アオキはよく怒った。
ムカつくと思ったら、その大きな体から、難なくスーパーサイヤ人並みの力を出し、学校の器具や壁を壊しまくる。
アオキが何か固いものをパンチすると、隣にいる私にもグラグラと振動が伝わった。

私の通っていた公立中学校は不良が多くて、少しだけ、賑やかな学校だった。

一ヶ月に何枚もの窓ガラスが割れたし、昼休みは腰までズボンを下げた先輩が図書室を乗っ取って、先生と怒鳴りあっているような学校だった。


そんな悪名高い学校だったから、心配した何人かの親は子供をこの中学に入れたがらず、子供に私立受験をさせたり、住所を変えたくらいだ。

そんな賑やかな学校に、アオキは息が合っていたような気がする。先生は大変だったと思うけど。


アオキによる、事件。
その日は、やっぱりアオキが関係するだけあって、突然やってきた。

昼間、給食の配膳中の話である。

アオキは、私の席にやってきて、当時、大きな話題を呼んでいた恋愛ドラマ“好きな人がいること”について話をしにきた。

「ねえ〜、あの撮影、江ノ島でやってるらしいよ?今度いかなぁい?」「まじ山崎賢人やばぁい」
こんな風に。

でも、
給食の配膳中は席に座って、本を読みましょう。
そんなルールがうちの学校にはあった。

だから、
違う班のアオキは、私の隣で大きな体を折りたたんで座り込み、ドナルドが描いてあるタオルで汗を拭きながらそんな話をしてはいけなかった。


当然、担任の先生は私たちのもとにやってきて
「アオキ、自席に座りなさいよ」
と優しく言った。


ああ、先生は何も間違ったことを言っていない。アオキも私も悪かった。
素直に、すみませんと言うべきだった。

でも、先生や私の想像の範疇を優に超えて行動するのが、アオキだ。


次の瞬間、アオキは投げた。

まだ給食の置かれていない、私の机の上に唯一あったパックの牛乳を。
本当に完璧なホームで、黒板に。

ばちん!!!!!
と大きな音を立てて、
ぺちゃんこになった牛乳パックが、黒板にへばりついた。

黒板には
人殺し現場の赤い血の代わりに白い液体が美しく飛び散り、
最後にパックがきゅるきゅるーと、か細い音を出して、チョーク受けに落ちた。


圧巻だった。もちろん悪い意味で。

先生も、私も、きっとクラスメイトも声が出なかった。
スタンディング・オベレーションの前だったら、どんなに、最高だったろうか。


シーンと静まった教室で、
初めて声を出したのは、もちろんアオキだった。

「ふんっ」っと小さく言葉を吐き捨てて、アオキは男子トイレへと消えていった。

ふんって。
ふんって、本当に声に出るのか。

ムンクの叫びみたいな顔をして止まっている先生の横で、私は静かにそう思った。


アオキがいなくなったから、私が黒板に跳びっちった牛乳を片付けることになった。
先生は「ありがとうね」と言ったけれど、こんなこと当たり前である。私も悪かったもん。
でもさ、
この牛乳私のなんだよ。


中学卒業後、アオキが何をしていたのか、私は知らない。高校に行ったのか、誰かと恋をしているのか。
知らなかった。

私は、すごい速度で目の前を走る高校生活に思いを載せるのに精一杯で、
中学の友達と連絡を取ることはほとんどなかったし、
アオキはアオキの人生の今、この瞬間に目の前にいる人をちゃんと大切にするような人だったから、私のことなんて忘れてるのだろうと思っていた。

でも、そのあとしばらくして、
アオキはどこかで逮捕されたと聞いた。



去年の冬、
久しぶりに中学の友達と会った。友達は「アオキって覚えてる?アオキさ、今けやき坂のイルミネーションの飾り付けしてるらしいよ」と言った。

私は、
私の牛乳を殺人現場の小道具にしたアオキが、けやき坂のあの細い木に、青と白に光る電球を巻いているシーンを思い浮かべた。

誰かと誰かの気持ちをほんのり温かくする光を大きな手で飾って、木に虫がいたら小さく「さいあくぅ」と呟くアオキのことを。
なぜか、それはとても健康的なことのように私には思えた。

私はアオキが今、どこかで幸せでになってくれてたらいいなと思う。

そして、私は今年も、冬になったら、
けやき坂のぴかぴか光るイルミネーションを見に行こうと思っている。


この記事が参加している募集

スキしてみて

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?