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虫 虫 虫 蟲

昭和小学男子といえば、虫である。

彼らは、虫を愛し、虫に愛され、虫になりたいとさえ思っていた。

定番のカブトムシ、クワガタはもちろん、カマキリ、ショウジョウバッタ、カミキリムシからダンゴムシまで、その愛好する虫の範囲は銀河のごとく広大だ。


ある時、どの虫が最強かを真剣に話し合い、最終的にはオケラという結論に達した。
オケラは地中を掘り進み、水上を泳ぎ、空を飛び、地上を歩くという、様々な環境に対応したスーパー昆虫だからだ。


たぶん今だったらクマムシがスーパーエリート生物として浮上したことだろう。何しろ宇宙空間でも生きられる生物なのだから。(正確には虫ではないが)

昭和小学男子は「最強」という言葉が大好きだった。

彼らに最強の虫について語らせたら、一晩かけても話は尽きないだろう。


そんな虫に夢虫だった頃のお話を3つ。
虫嫌いな人はどうぞ読み飛ばしてください。


カブトの幼虫

ある日、カブトムシの幼虫を友達からもらった。
おばあちゃんちに行った時、いっぱい捕ったので一匹くれたのだ。

「これを育てれば、大きなカブトムシをゲットできる」
その想いから大切に育てることにする。


土の中で育つということなので、植木鉢に土を入れ、その中で大切に育てていた。
毎日、掘り返して幼虫の大きさを確認するのが日課になっていた。

ところが、その日はいくら掘り返しても、見つからない。
植木鉢を持ち上げてみると、その下の地面に小さな穴が開いている。


そう、植木鉢の底には水抜き用の穴が開いるのを忘れていたのだ。
幼虫は、そこから地続きに穴を掘って地中深くに潜ってしまったようだ。

地面に空いた穴の周辺をシャベルで掘りまくってみたが、遂に幼虫は見つからなかった。


母さん、僕のあの幼虫、どこへ行ってしまったんでしょうね。




アリジゴク

僕の母方の実家は農業と酪農をやっていて、裏庭には雑木林が生い茂っていた。

夏にはカブトムシやクワガタをよく捕ったが、それらがいない季節でもたくさんの種類の虫がいた。


僕がハマッたのがアリジゴクだった。
とても小さい虫だが、牙を持ったその姿がかっこいいし、名前も物々しい。

大き目のガラス瓶の中にサラサラの土を入れ、アリジゴクを放つ。
一晩経った翌朝にはすり鉢状の巣ができている。

そこに蟻を落とすのだ。


蟻は必死にもがいて巣の底から這い上がっていく。
やっとゴールに達しようとしたその瞬間、パッと下から砂が飛び、再び穴の中に落ちていく。

すり鉢の底に隠れたアリジゴクがその鋭い牙を使って、的確に蟻の足元に砂を跳ね上げたのだ。

そんな攻防を何回か繰り返したのち、遂に観念した蟻は巣の奥底へと引きずりこまれる。

残酷だが、興味深い。
知らないうちに、弱肉強食の自然界を勉強していた気がする。


ちなみにこの恐ろしい形相をしたアリジゴクは、成虫するとウスバカゲロウになる。

はかない命の象徴として語られるカゲロウの姿からは、幼虫の頃の様子は想像すらできないのだが…。




田んぼのごちそう

秋になると、ごちそうを捕りに田んぼに出かけた。
イナゴを収穫するためだ。

普段は勝手に田んぼに入るのが見つかると、農家さんに怒られるのだが、この時だけは害虫を捕ってくれるとありがたられた。


捕ったイナゴは3日ほど何も与えずに、フンを出させておなかの中を空っぽにする。

熱湯をかけてから、フライパンで炒る。油も何も敷かない。
イナゴといえば、佃煮のほうが有名みたいだが、我が家ではこのシンプルな食べ方だった。

しっかりと炒ったイナゴに、適量の塩をパラパラとかけていただくだけである。
川海老にも似た香ばしい風味が鼻腔ををくすぐる。

秋の日のおやつは、もっぱらこの炒りイナゴかサツマイモだった。
何しろ川越はサツマイモの名産地である。


今でも覚えているが、僕と兄、母はイナゴが好きでよく食べていた。だが、父だけは一度も手を出すことはなかった。

川越の市街地生まれだった父は、どうやらイナゴが苦手だったらしい…。
というか、虫全般が苦手だった。

家にゴキブリが出た時は、母が容赦なく退治していた。
父が退治した記憶はない。

もしかしたら、ゴキブリも怖かったのかもしれない。


父が亡くなった今となっては、確かめようもないが…。






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