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『頂』女子りりちゃんの獄中記【改稿】

『頂』女子りりちゃんは雲の上で暮らしていた。なんで雲の上かって?もし彼女がエベレストの頂上で暮らしていたとする。富士山で暮らしていたとする。頂上から滑落すればそれまでだ。雲の上なら、雲からずり落ちても下の雲で暮らせばよい。

下界にはいろいろな男がいる。わたしを搾取する男。わたしを傷つける男。わたしが傷つけた男。わたしに金をくれる男(おじ)。いろいろな男がいたけれど、わたしの「顔」を見ていないと言うことだけはみな共通していた。男だって顔を見られていないじゃないか!それはキミがそういう態度だからだろ!そーゆーのはぜんぶわかっている。でも、うるさい!わたしがこうなったのは、お前らのせいなんだから。

今日も、わたしの住まう雲上へ昇ってくる男の列は切れることがなかった。こんどの男はわたしに貢いでくれるつもりなのかな。え?カップラーメン一年分?4℃?明後日出直して来い。ブガッティヴェイロン?エルメス?まあ通してあげて良いかな。この瞬間は何よりも苦痛だった。そもそも、なにが幸せでなにが不幸せなのかももう分からなくなっていた。積み上がった貢物の塔を見るときと、雲海を降りて下界の神さまとお話をするときだけは少し心が動いたけれど、別に貢物や『担当』が好きなわけじゃなくて、心を動かすために貢物や『担当』を好きだと勘違いしていただけだった。

すると今日は見慣れない集団がいた。紺の服と帽子を着て、わたしを射抜かんばかりの鋭い視線は、わたしが今まで見てきたどの男の種類とも違った。

彼らがわたしの居所に到着すると、むかしおじいちゃんが見ていたあのドラマのように、マークが入った紙切れをぶら下げて、
「ポリスだ。お前を捕まえに来た。」
と言った。どこか芝居がかっていたその口調はどこか心地よかった。わたしは何がなんだか分からないまま地上に引きずりおろされてしまった。

地上に降りるとわたしは『収監』された。『頂』にあったはずのわたしの王国は崩れて、臭くて気持ち悪い"おじ"たちの手で荒らされているらしい。わたしの罪はとても重いものらしい。

「反省はないのか!」
ポリスはわたしをなんども怒鳴ったけれど、何が悪いのか分からなかった。わたしたちの顔を見ていない気持ち悪い"おじ"を倒したこと、苦しむ女の子たちにその方法を教えてあげたこと。雲の上に住んでいたこと。何が悪いの?むしろ、いいことじゃない?そうしてきょとんとしたままのわたしにポリスは『無期懲役』を告げた。『無期懲役』の刑務所生活が始まった。

刑務所では男女一組のペアを作るらしい。わたしのペアは気持ち悪い男だった。太っていて、臭くて、気持ち悪かった。だけど、彼の視線にはどことない違和感があった。
「雲の上はどんなところなの?」
彼は言った。雲の上は何もなくて寂しいところだよ、わたしは答えた。
「雲って、わたあめの味とかしないの?」
馬鹿馬鹿しくて、鬱陶しい男だった。水の味がするよ、わたしは答えた。
「ふーん、つまんないの……」

このことばが何よりわたしを揺さぶった。人生でいちばんの衝撃だった。がばりと顔をあげて、彼を見る。彼のあばただらけの肌は醜かったけれど、彼の目だけは今までのどんな男とも違った。彼は、わたしの「顔」を見ていた!わたしの「顔」をみて、わたしと話をしようとしていた!それが何よりも恐ろしくて、痛かった。

だからわたしは彼を徹底的にいじめた。彼がなぜか抵抗してこないのをいいことに、ご飯を抜いたり、叩いたり、蹴ったり、しまいには誘惑してみたりもした。彼がわたしの「顔」を見なくなることを願って。でも、彼は相変わらずわたしの眼をそらさずにわたしと話そうとしていた。それが何よりも不気味で、痛くて、切なくて、狂いそうだった。ある日わたしは支給品のナイフをかっぱらった。彼の目をつぶしてやろうと思ったのだ。早速眼球をくり抜いてやったけど、彼は悲しそうな顔をして時折からだを捩らせるばかりで、ほとんど無抵抗だった。そのうちわたしは我慢できなくなって滅多刺しにしたらそのうち死んでしまった。

彼のさいごの言葉は「ありがとう」だった。何が『ありがとう』なんだろう?足りない頭で考えていたらいつの間にか気を失ってしまった。



目が覚めるとなぜか隣に彼がいた。しかも、生きているし、普通にすっくと立っている。まさか、あれで死ななかったのか?混乱するわたしに彼は、
「雲の上はどんなところなの?」
と声をかけてきた。わたしは完全にパンクしてしまっていた。
「雲って、わたあめの味とかしないの?」
恐ろしくなって、なぜか手に持っていたナイフでやはり滅多刺しにしてしまった。彼は驚いていたけど、やはり『前回』のような悲しげで優しげな表情で殺されるがままにされていた。

彼を殺すとまた眠くなって、起きるとまた『最初』に戻っていた。ループしている?こんどは気を落ち着かせよう。殺しちゃ、ダメだ。
「雲の上はね、遊園地があって……

わたしが『頂』にいたときのテクニックをフルに使って気に入られようとしたけれど、彼の反応はなぜか悪くなるばかりだった。しまいには苦笑いで「嘘ばっかり」と言われてしまい、とうとう堪忍袋の緒が切れたわたしはまたも滅多刺しにしてしまった。それでも彼は相も変わらず文句ひとつ言わなかった。

つぎに覚めるとやはり彼は雲の上の話を振ってくる。わたしは最初のように、何もないし、水の味しかしないと答えた。
「ふーん……

共同生活が始まった。どうもコイツを殺したら最初に戻るらしい。絶対に殺しちゃいけないんだな。簡単なルール。やるしかない。要は、彼のやけに澄んだ眼を気にしなければいいか、どうにか彼を変えてやればいいだけなのだから。

それでもわたしはどうしても耐えられなかった。何度も途中で刺してしまう。一度、5年間まで耐えたときもあったが、彼があの『眼』で、
「りりちゃんは素直でいい子だね。」
と言ってきたときに耐えられなくなってしまった。そのことばは、わたしの『顔』を見ようともしない"おじ"の言葉でしょう?なんで、わたしなんかのどこが本当に良くて、その眼で、そんなことを言うの?

231回目に達した。たぶんもう、100年は超えている。ここ10回はあまりに耐え難くて、彼の顔を見た瞬間に刺し殺してしまっている。それでも、この螺旋からは抜けられなかった。

だんだんこのゲーム?をやっているなかで分かってきたことがある。これをクリアするには、耐えるでも、無視するでも、相手を変えるでもない。わたしが受け容れることが必要なのだと分かった。わたしが、彼の眼を受け容れて、そうして生きていく必要があるのだ。でも、どうやって?

眼を開けると隣に彼がいた。いつまでも変わらない表情にすこし安心すると、例の会話がはじまった。
「雲の上はどんなところなの?」
何もなくて、何かが見つかるのをずっと待っていたの。
「雲って、わたあめの味とかしないの?」
ただの水で、でもそれが良かったの。
「へえ」
彼は笑った。100年以上隣にいて、はじめて見た表情だった。
「キミはちゃんとキミと話をしてくれる人を待ってたのかい?」
図星だった。顔がみるみるうちに真っ赤になり、ナイフを取り出そうとする。でも思い出す。この気持ちを、受け入れなきゃいけないんだ。
「これからよろしくね」
彼が手を差し出した。はじめて彼の手を握ってみると、ゴツゴツしていて、なんだかどの"おじ"や『担当』よりも優しかった。

隣で過ごす日々が始まった。彼は表情豊かで、刑務作業のひとつひとつにも楽しみを見出すような楽天家だった。わたしが見ようともしなかった表情のひとつひとつを眺めるたびにわたしはなぜだか幸せな気分を感じていた。少しずつわたしは、彼の『眼』を受け容れることがどういうことかを知っていった。同衾もしたが、彼は愛おしげに微笑むばかりで手を出そうとしてこなかった。ある日彼に、わたしの過去を打ち明けたことがある。"おじ"用の営業トークではなくて、ほんとうのやつだ。

彼は許せないとも言わなかったし、一緒に悲しんだりもしなかった。ただ、230回目までに何度も見たような悲しげな笑みを浮かべ、「教えてくれてありがとう」と言うばかりだった。

あっという間に5年が過ぎた。10年、15年と過ぎて、彼は体調を崩し始めた。お薬も満足になくて、みるみるうちに痩せていった。わたしも必死に看病したけれど、彼の体調は悪くなる一方だった。

わたしはナイフを使うことにした。彼ともっと過ごしたい。話したい。お料理とかももっと一緒に作りたいし、一度くらい抱かれもしたい。まだまだ彼から聞き足りないこともいっぱいある。彼を愛したい。愛して欲しい。もう一度、あの231回目を過ごしたい。どうせ彼はまたわたしを受け容れてくれて、もっともっと美しい232回目が待っているのだから。

そう思ってナイフを振り上げると、彼は、
「りりちゃん、ダメだよそれは。」
いくぶん弱りながら、しかしいつもの「末期」の笑みとは違った真面目な顔でナイフを止めた。わたしは、虚に突かれた。

「どういうこと?なんで止めるの!?前は、止めなかったじゃん!なに?わたしをなんでなんでそんなに虐めるの?意味わかんない!」
悪口が止まらなかった。溜め込んでいた愛や、どうしょうもない支配欲や、それが裏切られたような悲しみがないまぜになって、罵詈雑言として出てしまった。

「キミの言う『前』がなんなのか分からないけどさ。キミにはボクの最後を見ていてほしいんだ。これが、ボクの最後のお願いだよ。キミがボクを殺すことで、キミに変な呪いを背負って欲しくないんだよ。ね?」
彼は「いつものように」微笑んだ。それが余りにもいつも見ていた彼の微笑みだったから、吹き出してしまった。彼のあばた面が剥落しはじめる。
「泣き笑いで、面白い顔になってるよ?うん、りりちゃん、ボクはキミのことがほんとうに大好きだったよ。あのわたあめ、ボクが先に食べに行ってるね?キミは、ボク、ありがと……」
言葉が途切れた。わたしは慌てて「大好き、大好き!ありがとう!大好き!」と叫んだけれど彼はもう事切れてしまっていたようだった。彼のあばたが剥落して、表れた中身は、『担当』の顔そっくりだった。こんなところに、ほんとうの『あなた』がいたの?彼がほんとうの『担当』かどうかは知ったこっちゃないけれど、わたしにとっては誰よりもほんとうだった。景色が混濁する。

目が覚めると独房だった。唯一違うのは『彼』がいないところだった。

支援者?の人から差し入れられた本を読みながら、「二つ」の記憶を整理していく。裁判や手続きは全部終わったあとで、わたしはそれなりに重い懲役を科されたみたいだが、とうぜん無期懲役なんていうふざけた量刑ではないみたいだ。ため息をつく。

運動の時間になって外に出たわたしは空を見上げる。ほとんど快晴だったけど、天辺近くには美しい筋雲が浮かんでいた。あそこには『彼』がいるのかな?笑いかけてみると、なぜか心がつながった気がした。

自分の顔をぺたぺたと触ってみると、『彼』が隣にいた季節に戻れる。わたしはわたしの追憶を頭の中で走らせる。あの雲が回って大きなわたあめが出来る日まで。いつかあなたと再会できる日を目指して。

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