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【全部乗せ】思惟かねのボイチェン環境解説A to Z:機材、設定、発声まで


最近、心から嬉しいと思えることがありました。
ある人から私の「声」を褒められたことです。


先日私のボイチェンの研究が一つの区切りを迎えました。2年の試行錯誤の末、「安定版」と呼ぶべき環境がついに整ったのです。
そこでこれを機に、私の今のボイチェン環境とそれにまつわる知識についてまとめ、解説したいと思います。

ここまでの経緯、あるいは前書きが高じた一稿が、前編の「私と私の声のお話:または私はいかにして心配するのを止めてボイチェンを使うようになったか」になります。
よろしければこちらもどうぞ。

この後編では、私のボイチェンについてそのコンセプト機材ハード/ソフト)、設定、そして現実世界でのチューニング(発声)などについて、技術的な解説を交えながらまとめています。
なおボイチェンを中心にした記事ですが、それに限らず配信のための音響環境全般についてもある程度役に立つと思うので、地声の方にも少しは参考になるのではないかなと思います。


◆コンセプト

私のボイチェン環境のコンセプトは、

①人と話すのに向いた声を作る(話していて疲れない、聞いていて疲れない)
②なるべくシンプルな構築
リアルタイムは必要ないが遅延はなるべく抑える

この三つです。これはいずれも試行錯誤の末の結論。

①は「声とはコミュニケーションのための道具」という考えのもとでの割り切りです。
ボイチェンとは、つまり自然な声を加工し、壊すものです。そのため声の「かわいさ」と「聞きやすさ(自然さ)」というのは原則トレードオフであり、それを両立するには高度なシステムや機材が必要になります。
よって私は「かわいさ」に重きを置かず、自然な仕上がりを重視しています。一例がピッチシフト量の小ささ(~110%)です。

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自然さとかわいさは原則トレードオフ

②も実用性が理由。
システムが複雑になると、ノイズの混入や変換による音質劣化などの要因が増える上に、指数関数的にチューニングの手間が増えます。当然お金もかかるので「道具」として使い勝手が悪くなります
よって機材、VSTともに必要でないものはシステムに入れません。それで散々沼にハマったので(げっそり)。

③も実用上の問題からです。
Discordなどのボイスチャットだと、通話のラグはせいぜい数十ms(0.01秒単位)ですが、それでも気になることがあります。そうなると、数百msの遅延が乗るボイチェン環境を使った場合、その問題が相当大きくなることは想像に難くないでしょう。
「ループバックで歌が歌える」ようなほぼリアルタイムの低遅延までは不要でも、こちらも通話相手も気を使わないで済む程度に遅延を抑えることは、実際かなり有用なのです。

つまりコンセプトは「実用性」です。
ボイチェンは私にとっての声帯。なれば、気軽に、簡単に使える実用的なものであるべきですからね。

ではここから、具体的な構成を紹介していきます。


◆構成:ハードウェア編

コンデンサマイク(AKG C214。以前はマランツプロ MPM-1000)
  ↓
マイクアンプ(ART TubeMP)
  ↓
オーディオインターフェイス(YAMAHA AG06)
  ↓
USB経由でPCへ

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ハードウェアの構成

コンセプト通り、最小限の機材にとどめています。
この段階で避けるべきは音質の劣化ノイズの混入です。ボイチェンはそもそも「音を壊す」ものなので、自然さを保つためには普通の声以上に音声の品質に気を配る必要があります。少し値の張る機材も使っているのは、そういった点でごまかしがきかないからというのが理由です。

とはいえ、ボリュームバランスやルーティングを適切に設定をすればヘッドセットのマイクでもまずは十分です。実際に、ごく普通のヘッドセットマイクで、綺麗な声を聞かせてくれるお友達もいます。
逆にいい機材も使い方を間違えると台無しです。むしろ高度な機材にこそ、正しい知識と設定が必要なことを知りましょう。買ってからが本番なのが音響機器です。

また、オーディオ全般にいえることですが、高い機材は高いなりの品質がちゃんとあるものの、コスパは一定の価格を超えると急降下します。
よって機材を選ぶ指針は「とにかく高い良い機材を買う」のではなく「安物買いを避ける」のが現実的です。特に安い中華製などは避け、一流メーカーのエントリーモデルを狙うのがよいでしょう。
他、機材の中でも優先的にお金をかけるべきものと、そうでもないものがあります。後述しますが、優先度はオーディオIF⇒マイク⇒その他の順になるでしょう。

ちなみに以前はイコライザをマイクアンプ-オーディオIF間に入れたり、分岐させて音声をミキシングしたりといった試行錯誤もしたのですが、結果、そうした無駄な機材は省くこととしました。かける手間に効果が見合いませ(そもそもそういうのはDAWでやる方がよい)。

【各機材紹介】

〇コンデンサマイク(AKG C214)
 家中が比較的静かな環境なので、比較的体勢が自由なコンデンサマイクを採用。現在は音がクリアで高い周波数域まで高感度なAKG C214を採用しています。
とても良いマイクですが、こと配信に限ればここまでは必要ない(コスパが悪い)ので、1万円以下のマイクで十分だと思います。私も以前使っていたマランツプロのMPM-1000などがちょうどよいですね。
ただし、環境音がうるさい方には余計な音を拾いづらいダイナミックマイクを勧めます。

なお、マイクは「向き」「距離」に気をつけて設置しましょう。その上でキチンと「ゲイン調整」をやりましょう。


〇マイクアンプ(ART TubeMP)
 ファンタム電源(48V)付きならオーディオIFだけでコンデンサマイクは駆動できるのですが、オーディオIFのアンプでは品質が不安なことから専用のアンプでマイクの音を増幅しています。真空管式のアンプを使うことで、信号の自然な歪みによる倍音の増幅も狙っています。
入れてマイナスにはなりませんが普通は必要ないと思います。趣味です。

…ただし、これもオーディオの原則ですが、音の品質は最もレベルが低い機材に引っ張られます。つまり高いマイクを使っても(相対的に)安いオーディオIFを使っていると、それがボトルネックになって良いマイクの性能を引き出せません。
なので高価な機材を使うのであれば、マイクアンプも検討の余地があるでしょう(高価なオーディオIFを買うのとどちらが良いのかは私には判断がつきかねます)。



〇オーディオインターフェイス(YAMAHA AG06)
 定番のYAMAHA AGシリーズです。とても使いやすいですが一個下のAG03で十分です(ちなみにIF=インターフェイス)。
内臓のフィルタ、エフェクトも中々高機能。ソフト側でフィルタ処理ができない環境なら、ここでハイパスフィルタで不要な200Hz以下の低音を落としてしまうのも手です。

さて、オーディオIFとはマイクのアナログ信号をデジタル信号に変換してへPCへ渡すデバイスです。そしてヘッドセットをPCのマイクジャック直差しするような低コストの環境における一番のノイズ源が多分ここです。
オーディオIFを使えば安価なモデルでもここは大きく改善されますし、基本中の基本であるゲインの調整(≒音量調整。ピークレベルの確認)が簡単かつ確実になります(画像例:AG06)。

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またUSBやピンジャックではない音響機材のマイクを使う時もオーディオIFは必須なので、ハードでお金をかけるならまずここから。次にマイクかなと思います。



◆構成:ソフトウェア編

ASIO入力(オーディオIFより)
  ↓
DAW(Reaper:以下内部のVST処理)
  ↓
ノイズ除去フィルタ(ERA4 Noise Remover)
  ↓
ピッチシフタ(Graillon 2)
 ピッチ:1st(約106%)
 ローカットフィルタ:200Hz
  ↓
コンプレッサ(WA Production Pumper Compressor)
  ↓
マルチバンドエンハンサ(Waves Vitamin)
 基本的にはサチュレーション処理のみ
 気分によってちょっとだけエンハンサをかける
  ↓
Netduetto VST bridge(Reaper内部処理ここまで)
  ↓
仮想オーディオデバイス(NETDUETTO)
  ↓
Discord/OBS等へ

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ソフトウェアの構成

これでもコンセプトの通りなるべくシンプルにしています。
基本的にはノイズを除去したあとに即ピッチシフタ(ボイチェン)へ。その後、コンプレッサをかけて音量レベルを均し、唯一の洒落っ気ともいえるWaves Vitaminでのサチュレーション処理で角を落とした後、Netduetto VSTを使い仮想オーディオデバイス経由で他のソフトへ流しています。
信号やノイズの確認のため所々にFFTアナライザも入れています。

この中で必須なのはピッチシフタNETDUETTO VSTだけ。他は「音を整える」役目なので、無くても問題ありません。ただしノイズ除去フィルタの優先度は高いでしょう。

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DAWの画面

一応、ここはリバーブ、マルチバンドイコライザ、エンハンサ、サチュレータ、コンプレッサーの二段掛け、etc、と一通りのプラグインは試したのですが、最初に言った通り手間ばかり増える(どころか音が劣化することも多い)のでシンプルにしました。この方が遅延も抑えられます
最後のNETDUETTOの前に、音を馴染ませるためにほんのりリバーブを入れるのはアリかなと思います。

追記:このボイチェンシステムの遅延(レイテンシ)を確認してみました。オーディオIFから直接入力した信号と比較すると遅れは85ms(0.085秒)でした。

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【各ソフト詳細】

〇ASIO
 低遅延、高音質のサウンドドライバ。オーディオIFを使うならこれを使わない理由はないです。これだけで数十msは遅延が減ります。オーディオIF導入を勧める理由の一つです。
対応デバイス以外では使えないので、オーディオIFを使っていない方は潔くあきらめましょう。


〇DAW(Reaper)
 VSTプラグインを使うために必要になります。Reaperは安価ですが有料ソフトなので、VST HostCantabileCakewalkでも問題ありません。
DAWを使ったボイチェンは、バ美声や恋声などソフト単体で完結するボイチェンよりもハードルは上がりますが、その代わり自由度が跳ね上がります。おおよそ音に関する処理でできないことはなくなります。
初めての方は最初は上記のソフトを試して、もう少し手を入れたくなったらDAWを…というのがいいかも。

ちなみにDAWとバ美声などのソフトを併用することも可能です。
DAWの前または後にソフトを置いて、VB Virtual Audio Cableなどの仮想オーディオデバイス経由で繋げばOK。ノイズ処理やコンプ処理などをDAWで行えます(遅延はきつくなります。以前の私の環境)。

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あるいはOBSを使う場合は、DAWの代わりにOBSでVSTプラグインを使うこともできます。DAW⇒ボイチェン⇒OBSとつなげば前処理・後処理を併用できるでしょう。遅延を度外視すれば


〇ノイズ除去フィルタ(ERA4 Noise Remover)
 環境音を除去してくれる優秀な有料プラグイン。ノイズ除去のレベルを調整するツマミが1個だけと設定がとても簡単です(いわゆるワンノブ式)。
ボイチェンに余計な音を入れると変換が狂う原因になるので、前段でのノイズ除去は重要度が高いと思っています。
(というかボイチェンでなくても環境音のフィルタはしておくに越したことはないです)

ノイズ除去で定番のReaFIRは周波数領域の減算処理なので音が壊れやすく、ボイチェンには向きません
RX De-noiseは機能としては同等ながら、使いやすさはERA Noise Removerに軍配が上がります。
…が、現在はERA5にバージョンアップしてバンドルでのサブスクリプション(月額制)しか選べず、DTMをやる方でもない限りコスパが悪いので、手に入りやすいRX8 De-Noiseを使うのがよいでしょう(RX8 Elementsに同梱されています)。

優秀なノイズ除去ソフトはたいてい有料ですが、DAWを使うならここだけは絶対にお金をかけた方が良いです。


〇ピッチシフタ(Graillon 2)
 マグロナちゃんも絶賛していることで有名なピッチシフタ、Graillon 2。ボイチェンのキモです。自然でレイテンシの少ない変換に定評があります。
私はなるべく音を自然にするため、ピッチシフトは最低限に抑えて1st(106%)程度にし、不要な低音を除くため、男性特有の声域の200Hz以下をローカットフィルタで除去する設定にしています。
音の自然さを保つにはおおむねピッチシフト量2.5st(115%)が限界なので、それで違和感がない程度まで地声を追い込む必要があるでしょう。

なおフォルマントシフトは使用していません。よって設定値はピッチ・フォルマントとも106%に相当します。
(勘違いされがちですが、ピッチシフトをするとフォルマントも一緒にシフトします。いわゆる「フォルマント設定」はフォルマントをピッチと独立に制御するための設定なので)

対抗馬にLittle Alter Boy、Roveeもありますが個人的にはこれ一択。ピッチシフトだけなら無料で使えますが、高くないのでできればお布施しておきましょう。


〇コンプレッサ(WA Production Pumper Compressor)
 コンプレッサは音のピーク(うるさい所)でボリュームを絞り、全体的な音量を均一に近づける働きをします。こうすることで、声が小さすぎたり、うるさかったりといった山谷が減って聞きやすくなりますし、万が一、大声を出した時の音割れも防げます。
ボイチェンに必須ではないですが、聞き手にとって恩恵が大きいので入れるのがおすすめ。

WA Pumper Compは先ほど紹介したERA NRと同じくワンノブ式のコンプレッサ。有料VST。
細かく調整できるタイプの方がより最適な設定を出せるのですが、そこを見つけるのが難しい&手間がかかるので、私のような素人には最小限の手間でほどほどの設定を出してくれるワンノブ式の方が有用だ考えています。
コンプレッサ自体はありふれたプラグインなので、フリーのVSTを含めお好みのもので。


〇マルチバンドエンハンサ(Waves Vitamin)
 このボイチェンシステム唯一の遊び心。エンハンサは倍音を増やすことで音をきらびやかにする効果がありますが、このWaves Vitaminはエンハンサ、イコライザやサチュレータの機能を併せ持った高機能なVSTプラグインです。
私ごときでは到底使いこなせる機材ではありませんが、音をいじるのはこれ一本で一通りできるのでとりあえず入れています。

基本的には音のピークを歪ませて声に温かみを出すサチュレータとして使っています。
微妙にイコライザとしても使っていますが、ここは沼なので気持ち程度に。中音域を持ち上げたり、高音域を強化したりすれば声の雰囲気が多少変わります。
これは無くてもいいパーツですし、他のサチュレータやイコライザでも代用可能です。いじりすぎは音を壊すのでほどほどに。


〇SYNCROOM VST bridge
 みんな大好きYAMAHA NETDUETTO…の後継であるYAMAHA SYNCROOMに含まれているVSTで、VSTチェインに差しはさむことで仮想デバイスへ音声を流すことができます
入出力デバイスとしてオーディオIFのASIOを選択すると、出力先もオーディオIFになってしまい都合が悪いので、これを経由してDiscordやOBSなどに音を流します。
ただしWindows10以降でしか動作しない点にはご注意。Win8以前の方は、旧NETDUETTOなら動作しますが、現在配布終了しているため、過去のインストールファイルを持っている方を探すしかないかも…。


◆リアルボディのチューニング(発声)編

実のところ、ボイチェンで一番重要なのはここです。
ボイチェンはふりかけ」という金言があるように、ボイチェンのポイントはいかにボイチェンに頼らないかだと思っています。

一般に、声のピッチシフト量(声の高さを上げる量)を大きくすると「カワイイ」声になりやすくなりますが、一方でそれだけ大きく波形を歪めることにもなります。これは原理的に避けられないものです。
そしてある程度以上にピッチを上げると、壊れた音を修復するのに非常に難しくなります。マグロナちゃんはこれをやっていたようですが、私は無理だと諦めました
イコライザなどで特定の周波数を強調してカワイさを出すのも、ある程度を超えると違和感が目立ってきます。同じく波形が大きくゆがんで不自然になるためです。

なので、自然な(聞きやすい)声にするには、なるべくボイチェンに頼らない肉体側のチューニング、要は発声の練習が必須になります。
ここで参考になるのが、生身での女性的な声の出し方…いわゆる両声類の方のノウハウです。参考になる書籍を紹介しておくので、ぜひあわせて読んでみてください。

KawaiiVoiceを目指す本 - とらんすぼいすらぼ
あたらしい女声の教科書 - MTFトランスガイド

ポイントは、大きく三つに分けられると思います。
声帯での音の出し方」「声道の形の調整」「話し方」です。
大まかに言えば、音源である声帯で出た音が声道(共鳴腔)で共鳴して声になり、それを色付けするのが話し方ということになります。

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【各項目の詳細】

〇声帯での音の出し方
 声帯とは、喉の奥にある音を出す器官です。ここで出た音が声道(喉、口腔、鼻腔など)で共鳴して聞こえるのが「」です。
つまり声帯とは声の元になる音を作っているところです。この大本の音の高さをピッチ(基音、f0)といいます。

ボイチェンでもっとも重要なのは、男性的な低周波数(低い音:約200Hz以下)の音を出さないことです。そのためには通常の声の出し方(地声)とは違う使い方で声帯を動かす必要があります。
これは感覚的なもので伝えるのが難しいため、参考文献を見てもらうのがよいのですが、ひとことで言うならハミング(鼻歌)をするような感じです。鼻歌で感覚がつかめたら、そのまま音を口から出して話してみましょう。

この時、腹式呼吸を徹底した上で、喉に余計な力を入れずちゃんと声帯のみを使うことがポイントです。
いわゆるエッジボイスが出せる方ならここはOKでしょうし、また歌唱や演劇などの経験がある方はこの辺りの基礎がしっかりしているので、飲み込みが早いと思います。

ここでやりがちな間違いが、喉に強く力の入った、話していて苦しくなってくる裏声的な出し方です。
こうした発声は声のピッチこそ高くなりますが、倍音(声帯振動の歪成分)が少ないため不自然な声になります。なにより疲れるし、喉を痛めます
いわゆる「裏声アプローチ」のように、ここからピッチを下げてくることで発声法を習得する方法もあるので、あくまで通過点としてならOK。ただし喉に余計な力を入れるのは発声上、一番ダメなことなのでやめましょう。

それと、これは残りの二項目についても共通する話ですが、ボイチェンの調整と違ってこうした発声は、つまり体の使い方を変える、新しい動かし方を覚えることなので、一朝一夕で身につくものではないことを注記しておきます。
野球の最適なバッティングフォームについて本を読むこと、それを理論としてきちんと理解すること、そして実際にその通りに球が打てることの違いともいえましょう。最終的には正しい知識の上に積み重ねた試行錯誤と練習がものをいいます。

理想のボイチェンは一日にしてならず、です。


〇声道の形の調整
 声道は、先ほども説明した通り声帯で出た「音」を共鳴させて「声」にする場所です。これは喉~口~鼻といった空気が通る場所全てが関係しています。
声帯がピッチを司るとすれば、声道はフォルマントを司るといえば分かりやすいでしょうか?

フォルマントとは、この声道での共鳴パターンで増幅された周波数ピークのことです。このピークを下から順番に第1フォルマント(f1)、第2フォルマント(f2)…と呼びます。
これが男女差のみならず、声の年齢差や雰囲気、さらには「あいうえお」といった母音の識別までもを左右する変化を作り出しているのです。

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これが声にどれほど影響しているかを実感するには、「あー」と同じ声を出したまま、口を開閉したり、口内の大きさを変えたり、舌を前後上下に動かしたりしてみるとよいと思います。
きっと驚くほど音の響きが変わるはずです。声道の共鳴パターン=フォルマントとは、このように声道の物理的な形によって直接的に左右されるのです。
つまり声道のパーツの形を意識的に変えることで、狙った声色へ近づけることができるわけですね。
ただし誤解を避けるために書くと、かわいい声を出す上では口(口腔)の形より、さらに奥、声帯~喉の形の方が重要です。

では、実際にどうすればボイチェンに向いた声を出せるか?といえば、これは感覚的な説明以上は難しいため、実際に声を出して試行錯誤をして、見つけて覚えるしかありません。参考文献を読んでください。ポイントは主に中咽頭(喉ちんこのあたり)の使い方です。
ただし、繰り返しますがくれぐれも喉を締めてはいけません。力を抜きリラックスした状態で発声し、音を響かせるのです。
この発声によって最適なボイチェンの設定値は変わります。これが万人に合うボイチェンの設定値が存在しない理由です。

この「発声の調整(練習)」と「ボイチェンのチューニング」はセットです。そして必ず自分の声を録音してやってください。
話者が聞こえている音は思っている以上にあてになりません。けれど録音して聞き比べてあげれば、微妙な違いもはっきり分かるものです。
最終的には「聞いた人がどう感じるか」が大事なことをお忘れなく。


〇話し方
 割と盲点なのですが、声と同じぐらいに男性と女性で大きく違うものの一つがこれです。話し方。
よく言われるのだと、男性は声の大きさで話す、女性は声のトーン(高さ)で話す、という違いのほか、話始め・話終わりの息づかいなど、よくよく聞いてみるといろんな違いが見つかります。
このポイントを押さえるだけで、実はボイチェンの設定をヘタにいじるより「らしく」聞こえますし、設定を詰めた後にはなお一層重要になります

これは「どういう声(人物)になりたいか」ということとも大きく関わってきます。
例えば幼い子供のような舌足らずな話し方、例えばきりっとした大人の女性の話し方、あるいは男性的でもない女性的でもない中性的な話し方、機械のような無機的なしゃべり方…。
私の場合は柔らかさと、落ち着きを意識した声を目指しています。ボイチェンの領域からは少し離れてきますが、声の完成度を高めるにはそうしたイメージが必要になるでしょう。

これは具体的にはどうすればいいかというと、理想に近い人の話し方を真似してみるのがもっとも近道でしょう。その人の話し方、強弱の付け方や間の置き方、息づかいなどを観察して、模倣して、練習するわけです。
これもまた練習の積み重ねになりますね。アナログなチューニングはかくも時間と努力が必要なものなのです。


◆まとめ

想像以上に長くなりましたが、今私に書けることは一通り説明できたと思います。
今回「ハードウェア」「ソフトウェア」「発声」と大きく3つに分けて、私のボイチェンの環境とノウハウについて紹介しましたが、改めてそれぞれの役割を言うと、

発声:ボイチェンに合わせた声を作る。結局ここが一番大事で難しい
ハードウェア:可能な限り少ない劣化&低ノイズで、声を忠実に収録してソフトに送る
ソフトウェア:ノイズ除去⇒ピッチシフトで味付け⇒音を聞きやすく整える

という具合です。
誤解されがちなので重ねて言いますが、ボイチェンは「声を好きなように変えられる」ものではありません。前編でも書いたように、「もう一人の自分の声」に変身できるものだと思った方がよいです。
むしろボイチェンの手前、生身の領域こそがもっとも自由度の高い部分であって、そこをどこまで変えられるかである程度勝負が決まるといっていいでしょう。

焼肉に例えるなら、牛か豚かロースかカルビかという、そもそもどんな肉を焼くかが「発声」、それを炭火で焼くかホットプレートで焼くか、上手に焼けるかというのが「ハードウェア」、最後にどんなタレを付けて食べるかが「ソフトウェア」ともいえるでしょう。
美味しい焼肉にはどれもバランスよく必要です。けれどお金をかけて炭火にしなくても、ホットプレートでも肉は焼けますし、焦がしてしまわない限り、そこそこの肉を美味しいタレに付けてやればそれなりに美味しく頂けます。
しかし肝心のお肉が美味しくないと、だいたい何をやってもダメな場合が多いのです。

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この話を聞いて「なんだ、結局“適合者”じゃないとダメなのか」と思うのは大きな間違いです。
もちろん個人差で声のいい/悪い、向き/不向きがないとは言えません。けれど「そんなこと」よりも、良い声の出し方ができているか練習を積んだかという事の方がよほど影響は大きいです。
往々にして「いい声の人」というのは、声質に加え、それ以上に発声の仕方が良いのです。

100点を取るには、声質など生まれ持った資質も必要でしょう。
が、80点を取ることなら、正しい知識と技術を身につければ誰にでもできます。向き不向きなんてものを考えるのは、そもそも90点ぐらいで点数が頭打ちになってからの話です。

さらにいえば、これも前編の話の繰り返しになりますが、「正しい音響周りの設定」ができていて「聞きやすい」声になっていれば80点のうち50点ぐらいは取れます。裏を返せば、ここがおろそかだと何をやっても点数は伸びないということです。
ノイズや環境音、音の回り込み、音の割れ・小さすぎ、またボイチェンの設定がおかしいために聞きづらいなど、基本的な部分こそまず手を付けるべき所です。

その上でハードやソフトを整えつつ、発声について練習をすれば、80点は誰にだって手が届くラインです。
これはボイチェンだけでなく、地声でも全く同じです。

…さて、最後に「もう一度言っておきたいこと」と「考えてもらえたら嬉しいこと」を書いておしまいにしようと思います。

ボイチェンはふりかけ」です。
声を劇的に変えるものではありませんし、元の発声がきちんとしていなければ良い音は望めません。そのためには練習が必要です。
そして基礎的な音響の設定がしっかりできる知識が大前提です。
また、お金をかけていい機材やプラグインを買う、チューニングを頑張るというのは80点からさらに上を目指すための手段と心得ましょう。
正しい知識と技術を身に着けて、用法用量と予算を守って正しくお使いください。

そのボイチェン、本当に必要ですか?
ボイチェンは声をよくする特効薬ではありません。むしろ必要な知識も技術も機材も地声よりハードルが高くなります。上手く使わないと、話し相手にとって聞きづらいだけの声になります。
なればこそ、これという必要性がなければ、地声で話すということも良い選択肢の一つです。声は大事な要素ですが、それ以上に大事なのはその声で何をするか、何を相手に伝えるかということですから。


ここまで長文をお読みいただいて本当にありがとうございました
私の知識がまだ見ぬ誰かのお役に立ったのであればとても嬉しいです。また、間違いなどありましたらご指摘ください。

では、時代の最先端、令和イチホットな「地獄の底」にてお待ちしています。
思惟かねでした。


◆おまけ:私のボイチェン環境の大まかな変遷

2018/11VT-4入手。コンデンサマイクと合わせて初のボイチェン環境構築
2019/2:VT-4⇒バ美声へ移行
2019/6:バ美声+DAWでのポスト処理を導入(ノイズ除去、イコライザ、リバーブ等)
(この間、パラメータ調整の沼)
2020/5:初放送。なし崩しで設定ほぼ固まる(前編参照)
2020/7:バ美声⇒Graillon2に変更し処理をDAWに一本化
2020/10:現環境の構成が固まる
2022/2:DAWをCantabileに。後段処理をVoxessorに一本化。ルーティングにSynchronous Audio Routerを導入(下記記事参照)

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