仕事で性被害を受けた話②

店舗に戻って、私はいつも通り仕事をしました。
帰り道、女性の先輩にだけその日あったことを簡単に話しました。
先輩は眉間にシワを寄せて話を聞いてくれました。

翌日出勤すると、店長に呼ばれました。
「昨日変なことされたんだって?」という切り出し方を今でも覚えています。
店長は40代の男性で、高校生の娘さんがいました。
人望のある管理者でした。
異性の上司にこんな話したくなかったけど、先輩が私のために代わりに店長に話してくれたこともわかっていたので、昨日の出来事を話しました。

「犯罪だし、警察に話して動くことはできる」と言われました。
正直言ってそこまで話が大きくなると思っておらず、面食らってしまいました。
「大ごとにしたくない」と言いました。
店長は私の意思を尊重してくれました。
ただ、この話は内密にするけど、上にだけは報告させてほしいと言われました。
店長の上司にあたるグループ長も、人事も、新卒のときから私を知っていたし、こんな話聞かれたくなかったけれど、尊敬している店長の手前断れませんでした。

その後、店長がS氏と電話しました。
店長に「S氏が謝りたいから家に来てほしいと言っている。俺は行かせたくない」と言われました。
私も行かないですと即答しました。
あんなことをしておいてまた家に入れようとするなんてどういう神経だろうと思いました。
確信犯だったのでしょうか。
本当に謝りたいと思っているならそちらから来るのが筋だとも思いました。

数日後、S氏が来店しました。
最初に事件について打ち明けた女性の先輩が応対して、「謝りたいと言っている」と私を呼びに来ました。
狭い店内で、S氏が来ていることはわかっていたけれど、心底会いたくなかったです。
話を聞いてくれた先輩には申し訳ないけれど、呼びに来ないでほしかったと思いました。
S氏のためではなく、先輩の顔を立てるために窓口に出ました。
今真剣に思い返したけれど、そのときS氏がはっきりと謝罪の言葉を口に出したか、思い出せませんでした。
S氏は私のノルマになっていた商品を購入していきました。
これも先輩に「S氏が謝りたいと言っているから」と言われて販売しました。
でも私は、あの現場で「かわいいなあ、何かしてやりたいなあ」とはあはあ言いながら、S氏が私の身体を撫で回していたことを思い出していました。あの日の出来事の中で、その瞬間が一番情けなくて、消えてしまいたくなりました。

たかだか数千円の実績のために、どうして私はこんなことしているのだろう。
こんな仕事、こんな会社くだらない。

数千円のために売春をしているような気持ちにすらなってきて、そのときは意地でも何も販売せずに帰ってきました。
それなのに、その数日後、先輩に気を使ってこんなに不本意な販売実績をもらいました。
「働くってこういうことだから」「会社員だから」という言葉では到底片づけられませんでした。

その後もS氏はたまに来店し、ごく普通に弊社のサービスを利用していきました。
店長は面談の際、「S氏が来ても接客しなくていいし、他にスタッフがいなければ俺が代わるから」と言ってくれ、私もS氏を見かけるとさりげなく席を外すようにしました。
ただ、店長はS氏と何度か会っていたものの、残念ながらS氏の顔を覚えていませんでした。
事件から数か月後、S氏が来店したときに「おもちさん、お客様」と店長からみんなに聞こえる声量で名指しされ、仕方なく出ていきました。
S氏は無表情で窓口に出た私を見て、「見たことあるなあ」とにこにこと言いました。
もう私のことは行きつけの店員くらいにしか覚えていないようでした。
世間話をしたそうにしていましたが、私は業務上の会話以外は無言を貫きました。
事件のことは先輩と店長の2人しか知らなかったので、他のスタッフや中間管理職にあたる上司達は不審に思ったでしょう。
私の対応を受けて、S氏はそのうち諦めたのか帰っていきました。

店長がS氏の顔まで覚えていないのは仕方ないとわかっていても、名指しで対応させられたことにすごく脱力しました。
結局守ってくれないんだなと思いました。
そしてこちらがここまでの思いをしても、加害者は認知症が進んで自分のやったことすら覚えていないのです。
事件直後、困惑して「大ごとにしたくない」と言いましたが、こんな思いするなら気が済むまで大ごとにすればよかったかもしれないと思いました。
あのとき警察に届けていたらどうなっていただろうと今でも時々思います。

S氏の娘さんも時々来店しました。
高齢であるS氏のために代理で来るときもありました。
娘さんには何も関係ないことはわかっていても、この人の父親に私は……という思いを止められませんでした。
自分で表沙汰にしないと決めた以上、何も言いませんでしたが。
さすがに卑怯すぎると思ったから。

警察に届けないということは、利害関係者にあれこれ話すことができないということで、黙っているのがつらかったです。
結局自分の気持ちが整理される機会を自分で奪ってしまったと思います。

数年後、私は別の理由で会社をやめました。
でも、この会社で働いた数年間で一番嫌な出来事だったし、一生忘れることも許すこともないと思います。

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