続★ビビリログ

と、言ってもだ。

もう、今日、
緊急入院となってしまったため
ビビっている暇などなかった。

こうやって考えるスキを無くした状態で
なしくずし的に手術になるのは
自己生成ネガティブループを生み出す
自分にとっては良かったと思う。

前回の診察から、一週間の時間を置いた。

手術しなくて良いくらいになればいいな…
(ヘルニアの一番ベタな対処は「待つこと」なのです。)
という、淡い期待を胸いっぱいにして
すごした一週間だった。

結果は散々。

気が狂うほどの痛みが
意識のある時間の全てに襲いかかる。
もう限界だった。

予定では水曜日に病院へ行き、
手術の日程、方法を確定し、
検査日を経て、
入院→手術となる手筈だったが、
そんな悠長なことを
言ってられないくらい痛い。

月曜日の朝に病院へ電話し、
手術はもう確定でお願いしよう。
日程も前倒しにしてもらえるように…

しかし、返ってきた返事は意外なもの。

担当医がコロナにかかって休みだと言うではないか!
復帰まで一週間はかかるだろう。

「手術をするぞ!と決めたくらいの痛み」を自覚してしまった今、
ここからの戦いの恐ろしさに泣いてしまった。

痛い。
ただただ痛い。

どんな体制になっても、
冷やしても、温めても、
伸ばしても、縮めても、
痛い。

患部を強く押している間だけ
「少しマシ」というか
「気が紛れる」感覚がある。

だから、いろいろな器具でひたすら押した。

トリガーポイントボールに全体重をあずけたり、
首のこりにあてる器具に全体重をあずけたり、
尖ったツボ押しの先でゴリゴリしたり、
一番尖った部分でドンドン突き刺したり…

もっと効果を…と
包丁で刺そうとした瞬間がありヤバさを自覚した。

ハンバーグ食べるようなやつでは実行した。
びっくりするくらい痛かった。(アラフィフよ私…)

手術後、もしまだ痛い場合、
筋繊維の損傷も疑わしいな…

でも、
そんなこと言ってられないくらい痛かったし、
痛みを紛らわせたかった。

これは記録。
こんなに痛かった日があったのだよという記録。
二度と訪れてほしくない。

当然、薬も飲む。
しかし、日に日に効き目が悪くなっていった。

だいたい「効く」までに二時間かかる。
その後、二時間くらい痛みを緩和し、
三時間後にはもとに戻っている状態。

アマゾンで爆買した
イブクイックの出番である。

ラムネ菓子のように口にいれ、
枕元に常備している水で流し込む。

わかっているなら、
二時間のラグを消すように飲めばよいのだが
そんなにいっぱい飲むのは怖い。

「痛み止めを飲んだ」というたけで
精神的には安定を得られる。
これが大きかった。

痛みが緩和したら、全てをこなす。

緩和はしているが、
痛くないわけではないので
最小限ですませる。

ご飯とトイレが主なもの。
それと痛い状態のときに必要な準備。

痛みで座れないので食事は立ったまま、
トイレは痛みが限界に達する数分で
勝負を決めなければならない。

六月の半ばに発症して、現在九月の頭。

体重は10kg近く減ってしまった。
感覚としては筋肉だけがなくなっていった。

寝たきりの衰え方というのは凄まじい。
それまで時間をかけて鍛えた分を
いとも簡単に持っていってしまう…

ご飯を食べなくても大丈夫な時が増えた。
痛みとトレードオフにならない
と感じれば、平気でご飯をパスできた。

一回、どうしてもマクドナルドが…
いや、ビッグマックが食べたくて、
薬の効きを待ってモバイルオーダー、
ダッシュで取りにいく、立ってたべる をしたが、
最悪の体験だった。
正直、痛すぎて味がわからない。
コレを機に脱マクドできるのかもしれない。
それくらい苦い体験として残った。

トイレは本当にキツかった。

…術後はそれから開放される事が確定のような
書き方をしているが、本当にそうなるのか
信じられないくらいの禍根を残している。

まず、あまり食べないので、あまり出ない。
トイレにいきたいと思う回数も少ない。

気が狂いそうになるような痛みに襲われますよ。
と言われて、トイレに行こうとはならない。
だから、限界まで我慢をする。

便意の頂点と、
薬の効き目の頂点があった際、
私は戦いに出かける。

こんな状態で食べられるものなんて酷いもの。
野菜なんてものは摂取できていない。
カッチカチのモノがスタンバっている。

薬が効いていても、座れるのは数分。
気合を入れて戦いに臨む。

意識が飛びそうになる寸前まで力む。
冗談ではなく本当に。
少しなれてしまった自分が怖い。

相手も当然、簡単には出てこない。
こちらも諦めるつもりはない。

初期パンクラスのような
バチバチの掌底が飛び交う戦い。

大ぶりになった右ローのスキをついて
相手(うんこ)の右掌底が左の顎をとらえる!

トイレを出たところに倒れる私…
今日も負けてしまった…
そんな日が続いた…

そんな地獄中の地獄期間を経て病院から電話。

今日、月曜日に検査をし、
水曜日に入院、木曜日に手術で打診。

いや、もう、先生、勘弁してくださいな…
許されるなら、今、この場で切ってほしいくらいなのよ…

悲痛な叫びが通じたのか、
コロナで延期になったのを悪く思っているのか、
今日入院、明日手術にしてもらった。

(コロナになるのは仕方ないし、先生は悪くないです。)

よっしゃああああ!

…え、よっしゃぁ???

いや、ほんまは
ヘルニアなんかならんと
生きていけたらよかったやん…
よっしゃぁちゃうねん…

すべての未ヘルニア人よ。
あなた方はとてつもない幸せの中にいます。
健康な日々に感謝しましょう。

13時に家を出て、採血、CTを経て今。
(↑コレはコレで地獄だったので、熱のあるうちに体調が戻れば殴り書く)

一応、背中を開いて飛び出た椎間板を取り、
神経の通りを良くするために骨を削ったりするけど、
もう、椎間板の残りがジリ貧だから、
手術しても痛いままかもね。

回避するにはボルトで固定する手術になるけど…痛いよ?
入院も長いし

といわれ…一つ目の方法にしました…
ここに来て!ビビったんかい!

次回、術後編…か、入院当日編…かな。
生きてたら。

お楽しみに。

変な時間に寝たから眠くない深夜0時。

離婚した妻に連れられていった長女から
何軒もの着信と
なんで電話に出てくれないのぉ!わーん!とのライン。
マナーモードにしてたから気づかなかった…
悪いことをした。

前回の手術の時も
入院の日の朝に久しぶりの連絡をくれた。
今回も久々の連絡が入院の日だ。

なにかが繋がっている。
力をもらえた。
ありがとう。

来週8歳になるね。
おめでとう。

直接おめでとうを言いたくて、
一回目、七月末の手術を決断したんだっけな…
無念。

さてさてさて、しんどいのは術後だ。
ここまで来たら、術後をのりきる覚悟だけ。

時間はすぎる。
鎮痛剤の効きで痛感した。
これは耐えれば終わること。
ならば耐えられる。

前と同じ部屋だけど、
前より良い位置に配置してもらえたし、
術後のキモとなるアイスノンを自前で2つ持ち込んだし、
PCもSwitchもあるし、
術後一日目の地獄と、
チ○コカテーテル抜き地獄さえ乗り越えられれば、
…そして、運が良ければ、社会復帰出来る!

椎間板が限界で、ボルト埋めが必要なら自殺します!

さぁ、運命の分かれ道!
一敗からの第二戦。

良くてタイブレイク、
悪くて完全敗北。

のるかそるかの大博打!
先生に全ベットじゃああああ!
持ってけ!俺の人生!

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