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いつだって書き出しは辛い。でも、最後には自画自賛で気持ち良くなる~ライター仕事で気を付けていること⑧~

撮影:東畑賢治

何も書き出せないまま時間が過ぎていく。そんなときに聞こえてくる自分の声

 この文章を書き出すまでに2時間ほど逡巡してしまった。ずっとパソコンの前に座っていたわけではないけれど、水を飲んでみたり食器の片づけをしたり郵便局に行く用事を先に済ませたり。「今日はnoteで書き出しについて何か書こう」と思ってから、モヤモヤが続いた。
 何も始められないまま時間が過ぎていくのはちょっとした地獄である。頼まれ仕事の場合は、「仕上げられずに投げ出すことになったらどうしよう。あの人を裏切ることになる」と恐怖に似た気持ちになる。真っ白なWord画面を見るのが嫌すぎて、とりあえず「ああああああああ」と打ってみたり。何の解決にもならない。
 しばらく悩んでいると、自分で自分を励ます声が聞こえてくる。「取材して思ったことを素直に書けばいいんだ。何なら『頼まれたから書いている』と書き出しちゃえ。カッコイイ書き出しや美文をお前に期待している人は誰もいないよ」と。
 そうするとなんだか気が楽になり、「そうか。個人的な体験から書き出してテーマを提示すればいいんだ」と思いついたりする。あれこれ迷っている時間に、テーマと取材内容を把握し直すので、自然と書き出しが決まるのかもしれない。

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苦しみながらも書き出すと、その後は書き続けるのがどんどん楽になる

 なんとか書き始めると、「前の言葉が後ろの言葉を生み出す」というありがたい現象が起きる。直前の段落が次の段落を、直前のセンテンスが次のセンテンスを指定する、と言ってもいいかもしれない。
 この文章のテーマは「書き出しと書き終わりに関する技術的な精神論」のつもりだ。だけど、結論はほとんど見えていない。さきほど書き出しの苦しさについて愚痴を書かせてもらった。すると、「その後は書き続けるのがどんどん楽になる。ほぼ自動。これは快感!」について書けばいいのかな、と思いつく。そのまま書く。
 インタビュー記事の場合もあまり変わらない。インタビューした内容を出来事の時系列に沿って書いていくと読みやすくなる、ぐらいは思っているけれど、どのエピソードをどのように書くのか(書かないのか)は「現場」に任せる。つまり、苦しみながらも書き出して、言葉をつなげているライティングの瞬間に従うしかない。そうしないと、予定調和的な文章になってしまうからだ。

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取材中は取材に集中し、執筆中は執筆している自分を信じて尊重する

 そうやって言葉を重ねていると、文字数の制限が来たり疲れて来たりしてまとめに入りたくなる。僕は原稿を書くのは毎日19時までと決めているので、今日もそろそろタイムリミットだ。
 結論なんて決まっていない。どうすれば書き終わって、居間でお酒を飲み始められるのだろうか。僕はここで一息入れて、書き出しから自分の文章を読み直す。このときに自己否定なんてしない。むしろ褒めまくる。
 誤字脱字や細かい表現は直しながらも、たいていは自分を絶賛している。「なかなかいいことを言っているじゃないか」「素直でいいね!」「この展開と表現。オレ、天才かもしれない」などと誰も言ってくれないことをつぶやいて自己満足する。すると、取材対象や読者への愛情も沸いてきて、温かみのあるまとめのセンテンスに至りやすい。
 取材中は取材に集中し、執筆中は執筆している自分を信じて尊重する。そうすることで読みやすい文章ができるのだと僕は信じている。

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