沼地から片足を出した#1
どうやら私は気づかないうちに沼地にどっぷり浸かっていたようだ。両足どころか、腰くらいまで浸かっていた気がする。
これまで家族以外の人と、毎日のように一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、起きて、買い物に出かけて、、、といういわゆる『生活』を共にしたことがなかった。新しい恋を始めようと思って半年ほど経った頃、そんな感じで生活を一緒にする存在ができた。
初めの頃は、毎週日曜日。おしゃれしてメイクしていい香りを振りかけて。完璧な状態で待っていると、家まで車で迎えにきてくれた。ドライブしながら、いろんな話をした。半日一緒にいても、一日一緒にいても、飽きることなんてないし疲れることなんてなかった。
こんなに気が楽で一緒にいて楽しい人に出会えたことが嬉しかった。
毎回帰りたくなくて、別れ際はだらだら、1時間、2時間と時間が過ぎていく。とっくに日を跨いでいる。帰ってお風呂に入ったらもう数時間しか眠れないけれど、それでもなかなか帰れなかった。
話すことも無くなって、会話がなくなっても帰りたくなくて、ずっとふたり車にいた。
どうしてこんなに私といてくれるんだろう。女の子の友達が多い話もよく聞くし、誰かといることが好きな寂しがりやということはわかっていたから、私に恋愛感情を持ってくれているのか、はたまた女友達の中の1人でしかないのか、私には全くわからなかった。
こんなに同じ時間を過ごしているけど、好きと言われることも言うこともなく、それでも帰れない日々があった。
そんな中、いつものように彼の家でご飯を食べ、いつものようにアイスを買いに出かける予定だった。
出かける前にシャワーを浴びたいと彼は言った。私は部屋で待っていてと言われ、ベットに座らされた。
寝てていいよ
そう言って部屋の電気を消して行った。
いつもここで寝てるのか。ちょっと横になってみると落ち着く匂いがして眠くなってきた。気がつくとシャワーを浴びて帰ってきた彼も寝ていた。
アイスはいらないか。
隣で寝ている大きな背中がそう言った。
ここから動きたくない。心からそう思った。
冷たい布団の中、彼のお腹に手を回し、くっついてみるととてもあたたかかった。
同じ布団で寝てしまったことで、どうしてわたしたちは一緒にいるのかはっきりさせたほうがいいと思った。なんでかは忘れたけど、その次の日もまたわたしたちは一緒に寝ていた。
どうして一緒にいてくれるの?
そう聞く背中に、
落ち着くから。一緒にいて楽しいから。いろいろ理由は言ったけど、シンプルに、
すきだからだよ。
わたしはそう言った。
そうしてその次の日の夜、りんごの皮を剥きながら、わたしたちは恋人になることを決めた。
それからさらに会う頻度が増えて、年末年始の休みは10日ほどずっと一緒にいた。うちの家族も彼が家にいる生活に少しずつ慣れてきたようで、今日はいないの?と聞かれるまでになった。
こんなに毎日一緒にいると、たまの一人の時がやけに寂しく感じてくる。
ベッドはこんなに広かったっけ?寒いなあ。
ベッドに残る彼の匂いを感じては抱きしめたくなった。
今までは1人で出掛けて1人で眠って、1人でなんでもやっていたはずなのに。
ベッドが広くて何が悪いんだ!広々眠れるじゃないか!電気毛布の電源を入れればあったかくなるぞ!1人でも平気だろうが!
そう言っている自分がいる。
時々、彼は私の仕事のことで厳しい言葉をふりかけてきた。
その度私はとても落ち込み、反省し、自分のことを嫌いになった。
そんなに言うなんて、私のこと嫌いじゃん。私も嫌いになってるし、自分のこと。
でも私のそうじゃないところが好きだから嫌いではない、らしい。
私のメンタルはどん底でも、布団に入るとぎゅっと抱きしめてくれた。
こうして私は、かなりぬかるんだ沼に、両足どころか腰くらいまでハマってしまっていった。
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