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表だって他人にとやかく言いたくなっちゃう大人たち

言いたくてしょうがないことがあっても、それを場をわきまえて、出そうになった言葉をグッと喉にひっこめる。それはマナーなんじゃないかなぁ。

空港ラウンジでの様子や搭乗券などをFacebookやTwitterに投稿するシニア層男性「エアポートおじさん」が話題に取り上げられていた。Twitter上でエアポートおじさんたちにいちゃもんをつける人が増えているとかで、その見解をシモダテツヤさんが示している。

「別によくない?」

彼はこう言っていたが、同じようなことをぼくも思う。ここで書かれている「インターネット正義マン」は、相手の揚げ足をとるのがうまいようだ。

どんなことをやったとしても、言ったとしても、逆に何もせずに言わなかったとしても、敵はできてしまうのがこの世の中であるとぼくは理解している。だからこそ、批判が生まれてしまうことはしょうがないことだ。

だけど、それをあたかも正義のように言葉を相手に振りかざすのはいかがなものか(しかもそれが実名でなく匿名で見ず知らずの人であればなおさら質が悪い)。

投稿をみて、イラっとしたり、ムカつくことは決して悪いことじゃないとは思う(自分を擁護したいわけでなく)。だって、そう感じちゃう性ならしょうがないし、感情をわざわざ押し殺す必要はない。だけど、そこで沸き上がった感情を、どう言葉や行動に表すか、という感情の変換作業にこそ注意ができる大人ではありたい。

見たくない投稿がつながっているがために流れてくるのであれば、「フォローを外す」など方法はあるわけだし、自分がストレスがたまらないための環境設計をできるはずだ(てか、そもそもSNSの騒音に煩わされるくらいなら止める選択肢だってある)。

よくよく考えてみたら、そこで投稿に言いがかりをつけることで、得をするのは誰なのだろうか。「ダレトク?」問題として考えてみると、言いがかりをつけた人が、自分の正義を主張して満足しているだけの自慰パターンが多いんじゃないか。

一番厄介なのは、そういう投稿を見たくないくせに、わざわざ自分から見つけに行って、あーだこーだ言っている人だ(ジャーナリズムを装った、新手のSMプレイみたいなものだろうか......)。それって完全自己中心主義じゃないの。

「もうここまでくるとけっこうヤバい状況で、そのうち“おはよう”とツイートしただけで“世の中には寝たくても寝られない人がいる”と批判されたり、“コンビニに行った”と投稿しただけで“私の近所にはコンビニがないのに”と怒られたりすることがあるかもしれない」(シモダテツヤ)

あともう一つ気になるのが、「世の中には」とか、自分以外の主語を挙げて批判する人たちの姿だ。「自分がどう感じた」でななく、「○○な人がどう感じるかもしれない」という理論武装で批判してくる人たち。

自分ではない誰かに想像力を働かせ、それを言葉にできるという点においてはやさしさがあるのだけど、「あの人がこうだから」と他人を使って講義するのはちょっとズルいよなぁ。しかも、それが的を得ていないときなら尚更に。

沖縄で基地問題を扱うときに、よく「民意」がという言葉が使われる。だけど、その「民意」は、沖縄県民ではなく、県外の人が行政を批判したいときに都合よく使われているときがある。

少なくとも、そういった人が扱う「民意」のなかには、ぼくは含まれていなかった。つまり思うに、当事者じゃない人が、自分の利害のために、他人の言動を利用しようとするのが一番ヤバい。物事をややこしくする。そういうのはなるべく勘弁で。

「逆に“エアポート投稿おじさんはカワイイ”っていうブームを作ろうぜ!」(シモダテツヤ)

これが、番組内でのコメントの締めがだったみたいだけど、ぼくが思うのは、次のようなこと。

おそらく不満があるんだろう。それは、家庭や学校、職場、恋人のことかもしれない。普段のなにかしらのうっぷんが溜まってて、自分の思い通りにならないことがあって、イラついているんじゃないかと。だからといって、その感情を当たり散らすの使うのはもったいない。もったいなすぎる。

負の感情が持っているエネルギーって大きいと思うから、それを他のことに活かしたらいいじゃないすか。昇華。それがデカい悪に向かってじゃなくてもいいから。

たとえば、批判好きな人って、クリティカルシンキング得意だろうから、哲学を極めてみるとか、ディベート大会にでも出てみるとか。芸人バカリズムのネタ(女子会ネタが一番いいかも)とか和牛の漫才と観てみて、負の感情を笑いに変換する姿を観ながら、何かしらの創作のために使ってみるのもいいだろうし。

「感情から生まれる良質なエネルギーを言いがかりみたいなそんなしょうもないことに使っていて本当にいいの?」

ホントそう思う。もったいない。の一言だ。子は親の鏡、大人をみて子どもは真似ていくから、どこかで負の連鎖は断ち切らなきゃ。そう言った手前、自分のなかにある感情転換装置のメンテを忘れちゃいけないなとも思うのだけど(こういう日記って、なんだかんだ自戒のためにあるんだよなぁ......)。

ちなみに、「カワイイ」と思われたいがために投稿をするエアポートおじさんを想像すると、ちょっとだけウェってなるので、「エアポート投稿おじさんはキモカワイイ」っていうブームなら納得できそうです。

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ケケケ(という屋号) / 編集思考で地域にたゆたう / 百姓2.0 / ローカルプランナー × バーテンダー / 元ライター / 芸能と民俗と風俗 / ことばと思想とコミュニケーション / "そうじゃない"選択肢を / なで肩

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