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90歳の父をサ高住に迎えに行った夜

8時から18時まで働く11月半ばのイナカのキャリアウーマンは、相当くたびれていると思う。
だって、仕事場から家までの道中は、たまに行き交う車のヘッドライトとまばらな街灯に照らされた稲刈りの済んだ田んぼしか見えないんだもの。
疲れた帰り道、温かい珈琲一杯手に入れられたら、疲れも少し癒されるのだけれど。

空腹と疲れで打ちのめされてたどり着いた家では、保護犬3匹が待っている。

にぎやかはうるさいと紙一重で、その薄紙を意識できる意志は保っていられる自信がある。理由は愛情と責任は比例する物だから。そして、私には保護犬を養う経済力と体力があるから。

「お腹すいたぁ」でご飯が出て来て食卓に着く、という職業婦人にとってこの上ない幸せな瞬間を、この日11月16日火曜日の夜は味わうことなく電話のやりとりを行っていた。
サービス付き高齢者住宅いわゆるサ高住に住む父のふらつきが激しいので、部屋のベッドの位置をトイレの近くに移動した。夕食を食べないから心配だという連絡をスタッフさんからもらったからである。

秋口から、尿路感染症やら原因不明やらで熱を出すことが多く、普通のパンツからリハビリパンツに変えたとの連絡をもらった矢先でもあった。土曜日も熱が出たと連絡があり、迎えに行って病院に連れて行った。熱はすぐに下がったが、体重が入居前より3キロも減っていて、足が相当弱くなり介助なしでは歩けない状態になっていた。

「連れて来い」
と即時決断したのは同居の息子28歳であった。
「どれ、迎えにいくぞ」
とも言った。
で、電話口のスタッフさんにその旨告げると、
「今日は施設長がいないので…、いますぐどうこうということはないと思うので、明日の判断で大丈夫かと思いますから」
「でも、今夜何かあっても心配ですし、とりあえず迎えに行きます」
「ちょ、ちょっと施設長と連絡とりますので、かけなおします」
サ高住って高齢者のケア付きアパートという認識でいいと言われてお世話になったのに、コロナ禍を理由にで部屋を訪問することも出来なくて、行っても人の出入りする玄関先で面会だから、気軽に会いに行って一緒にご飯を食べることすらできない。
体調不良だから迎えに行くのにも、施設長の許可がいるらしい。
コロナ禍で、相応の対価は支払っているのにささいな自由も得られない場所になってしまっている。

「施設長から許可が下りましたので、迎えに来てください」
折り返しが来る数分の間に豆腐メンチと付け合わせのキャベツとしめじのオリーブオイル蒸しを立ち食いで一気食いして夕食は済ませた。ワンオペで子ども3人犬2匹(当時は大型犬もいた)を食べさせてきた生活と性分と今の仕事の状況が相まって、還暦間近にもかかわらず早食いのレベルはアップしている自覚がある。

20分後、「娘さん来るって言ったら涙流してるの~。迎えに来てもらって良かったぁ」という年配の看護師さんから骨粗しょう症の薬を受け取りオフィスビルを改装したサ高住4階の自室のベッドに座った状態から崩れて寝てしまっている父を起こしたが、辛そうな顔で目もなかなか開かない。私や息子のこともいまひとつ認識できない様子だ。
適当に着替えだけを持って、歩ける状態ではないため車椅子を借りて駐車場までスタッフさんに送ってもらって車に乗せた。
帰り道コンビニによって父が食べられそうなものと大好きなコーラを買った。

家に帰ってリビングのソファに父を座らせて娘がお茶を出し、私が着替えをさせている間に、息子がハイエースバンに積んであったソファーベッドを担いで掃き出し窓から運び入れて設置してくれた。さらっと書いたがソファーベッドはかなり重くてでかい。

今夜から、私は40年ぶりに父と暮らすことに、息子と娘は生まれて初めてじいちゃんと暮らすことに、じいちゃんも生まれて初めて私たちと暮らすことになる。あ、そうそう、犬たちも然り。





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