匂いを旅する

スーツケースを開けた瞬間、常夏の匂いがぶわっと溢れ出た。鼻腔をくすぐった感覚は、色々なものがごちゃごちゃと混ざり合っているが、それらが想起させるものは鮮やかなハイビスカスや真っ青な海、ドラゴンフルーツの若干禍々しく見えるほどの皮の色だったりと、どれもこれも原色揃いだ。これがあの国の匂いか。肌を撫でるトロピカルな熱風が恋しい。

帰省中に、東京の家から持ってきていたシャツを鞄の中から取り出した時、東京の人工的な匂いがした。ここの、土と緑と愛着を持って長く住われてきた年季のあるにおいとは違う。時代の流れが急速で、それに合わせて景色は目まぐるしく変化する。ゲロまみれのコンクリを水で流したあとビル風で乾かして、あたかも何も無かったかのようにスカしているような匂い。そういう風に作られた人工の柔軟剤の匂い。地上から2mの世界で起こっていることを全て無視するようにビル群が見下ろしている。地上100mの世界で起こっていることを私は知らない。

匂いは過去にトリップさせる。匂いが鼻腔を通じて無意識的に過去のある地点の情景を明瞭に思い出させてくれる。クソ暑くて、外に出て数分後には頭皮からじんわり汗が滲む感覚が生まれ気持ち悪かった長い夏と、もう住んで二年目になったコンクリートジャングル。ここの匂いは初めてが多すぎる。それでも、鼻が利かなきゃ生きていけない、嗅ぎ回らなきゃ意味がない。

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