狂っているのは本か?角界か?小森健太朗「大相撲殺人事件」を読む

 お盆は積読を崩すはずが、地元の本屋さんに行ったところ、「あらすじ」で有名な『大相撲殺人事件』を発見。復刊されたとは聞いていましたが全然見かけなかったので買ってしまいました。でもamazonで買えます……。
 タイトルは河鍋暁斎展のキャッチを流用しました。

関係ないけど、私が好きな力士は安美錦関です。引退してしまった。
有名になったあらすじがこちら。

ひょんなことから相撲部屋に入門したアメリカの青年マークは、将来有望な力士としてデビュー。しかし、彼を待っていたのは角界に吹き荒れる殺戮の嵐だった!立ち合いの瞬間、爆死する力士、頭のない前頭、密室状態の土俵で殺された行司……本格ミステリと相撲、その伝統と格式が奇跡的に融合した伝説の奇書。

はあ???

 しかし、ミステリを読む人種というのは大概、魅力的な謎とトリックと名探偵、その世界を構成する要素があればぶっちゃけ何でも楽しめるという大変に無責任でおおらかな人が多いので、ミステリと何が融合しようが構いません。ちょっと話は逸れますが、近年大ヒットした「屍人荘の殺人」もミステリとアレが融合した!という驚きが楽しめる作品でした。
 それにしたって酷くないか?というミステリですら、別途「バカミス」という愛称をつけて可愛がっています。恐らく多くのミステリファンにとって「大相撲殺人事件」はバカミス扱いになるのですが、しかし……。

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あらすじより面白い目次

『大相撲殺人事件』は全6話から成り立っています。

第1話:土俵爆殺事件
第2話:頭のない前頭
第3話:対戦力士連続殺害事件
第4話:女人禁制の密室
第5話:最強力士アゾート
第6話:黒相撲館の殺人

 各話タイトルが既に「あらすじ」より暴力な面白さです。爆殺という言葉を世界史でならう「張作霖爆殺事件」以外で初めて見ました。
 ちなみにタイトルのフォントが全部「相撲字」なのも強烈です。

第1話:土俵爆殺事件(力士kill count:1)

「いやいや、あらすじと目次でこれだけ煽っておいて本編つまんないなんてことはよくあることさ」と思う貴方も、アメリカ人力士・マークの第一声「ジャパン……ビューティフル」の一言でこの先300ページ楽しめると確信できるでしょう。
 舞台は江戸時代から続く名門・千代楽(ちよらく)部屋。ひょんなことから入門したマーク、千代楽親方の一人娘・聡子、万年幕下力士・御前山が物語の中心です。
 聡子がワトソン役かと思えば探偵役になることもあり、御前山がワトソンっぽい時もあり、マークが謎を解くこともあれば、手がかりを見つけるだけだったりもします。聡子&御前山コンビで角界の謎を解くシリーズにしても面白そうなんですけど、そういう単純さは求められてないみたい。
 それに登場人物の紹介より、読者の興味は一体誰が爆発するのか?しかないですし、早く爆発しないかな〜というのが本音です。
 そして期待通り、テレビ中継されている中大関が爆発します。トリックはアッサリ判明しますが犯人は分からないまま終わります。
 過去、千代楽部屋では不幸な出来事があったことも分かり、もしかして、連続殺人……?という匂いを残して第2話へ。

第2話:頭のない前頭(力士kill count:1)

 冗談みたいなタイトルですが、冗談です。相撲部屋の見取り図も出てきます。見取り図が出てくるミステリは本格ミステリです。トリック自体も単純ですが「力士ならでは」のアレンジが加わっています。動機も納得いくものというか、この本の中では一番スタンダードな角界ミステリとして成立しているんじゃないでしょうか。前の話で全て繋がった連続殺人なのかと思いきや一話完結でした。なんだ、この本、案外普通の推理小説て楽しめるじゃん!と思った矢先、これは軽い「かわいがり」だったとわかる。

第3話:対戦力士連続殺害事件(力士kill count:14)

 ここからが本領発揮。前頭に昇格したマーク!しかし対戦相手が14戦連続で殺され、不戦14連勝を飾り千穐楽は横綱との対戦!優勝候補筆頭に踊り出ます。
 いやいやいや「今日も勝ったねおめでとうマーク!」「オー・グレイト」じゃないよ人が死んでんねんで!
 しかも力士の殺し方がバラエティに富んでいます。殺される力士の所属部屋・四股名・本名・番付・死因(蜂蜜を全身に塗られてスズメバチに刺されて死ぬ等)が14人分列挙されます。そして明かされる驚愕の真実……マークは特に何もしません。
 この話のもう一つのポイントは「マークの取組相手が殺されるんだから取組予定の発表を控えてくれ」という警察の要請を「慣例に反する」という理由で突っぱねる相撲協会。そして、大量虐殺にも関わらず続く夏場所です。

第4話:女人禁制の密室(力士は死なない) 

 女性しかいない国技館の中、土俵の上での殺人。「女性は土俵に上がることが出来ないというタブーを抱えているから、土俵の上は密室」という心理的密室。密室の理由も動機もぶっ飛んでいるのでバカミスらしいと言えばバカミスらしいのですが、どうしても近年話題になった土俵での救命救急の話が思い出されます。全く作者は予想してはいなかったでしょうが、予言的な話です。女性と土俵の関係は切っても切り離せません。
 そういう意味だとこれは角界でしかできない本格ミステリです。
 あれ、私ちゃんとミステリとしてこの本読んでる……。

第5話:最強力士アゾート(力士kill count:4)

 力士でやる『占星術殺人事件』。島田荘司の『占星術殺人事件』を先に読んください。

 『占星術殺人事件』のトリックも今や有名ですが、初めて読んだときに「はあ???」って思った人は少なくないと思うんですね。
 すごいミステリというのは常に呆れる程のナンセンスさと紙一重です。ただそのナンセンス、というのは読者の正常な日常から見たときにナンセンスなだけであって、登場人物にとっては重大な事実だったりします。
 改めて、それを実感するラスト……ではある。
 ところで、この本の角界では1年前に番付にいた力士の40%が消えたらしいです。おそらく35%が他殺で5%くらい犯人です。
 それでも巡業は続く……今更やめられないオリンピックのように……。

第6話:黒相撲館の殺人(力士kill count:5)

 力士でやる『黒死館殺人事件』。小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』を先に読まなくても、推理小説で「館」と言ったら大体起きることは一緒。即ち、陸の孤島・連続殺人・見立て殺人です。
 千代楽親方が初めて「俺の育てた力士が殺される!」とショックを受ける描写が出てきますが遅すぎます親方。トリックも『四つの署名』を思い出す古典だと思うんですけど、「力士だから」出来るようにしてあります。
 この話では、正規の相撲に対する恐ろしい黒相撲、それを支える黒力士の存在が判明します。多分作中で起きた角界の不幸は、ほぼ黒力士の呪いと言って差し支えないんではないでしょうか。
 黒力士との戦いはこれからも続く……ところで終わります。打ち切り漫画みたいだ。

解説(奥泉光先生)

 作者の小森先生と大学の同僚という奥泉先生。
「史上最年少で江戸川乱歩賞の候補になり、東大で哲学を学んだ小森先生はきっと『薔薇の名前』のような作品を書くのだろう」という期待を込めて、読み始める『大相撲殺人事件』。角界も『薔薇の名前』も閉ざされた世界がなので遠からずだと思うけど、何回も何回も比較してしまう奥泉先生が面白くて最高。解説まで含めて読書体験です。

バカミスがバカミスでなくなる時

 以上で適当な感想文は終わりますけども、あんまり「バカミス」だと思って読みませんでした。むしろ角界で/力士でなければできない/物語とトリックを鮮やかに描き出している点ではミステリとしてすごく面白い。
 それに、作中描かれる「かわいがり」や「土俵に上がれない女性」の話は昨今実際に見聞きしているし、「慣例に反する」ために巡業をやめられないのも、バカバカしさのあまり却ってリアリティを感じてしまいます。
 まさかここまでとは思わないけれど、本当にありえないことかな?と思った時に、バカミスはバカミスではなくなってしまう。
 そんなことを考えてしまいました。

 いつもミステリを読み物として楽しむために、現実世界があってほしいのです。愚かなミステリファンとはそういうものなのです。


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