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『きょうのできごと』との縁

潰瘍性大腸炎で入院し、退院出来るまでは三週間という目処になった。24日に入院を開始したので、今日で12日目の朝を迎えている。
お腹は朝一で壊しているものの、激痛がはしるといったものではない。やや痛むお腹を擦りながら、朝の空気を楽しむため、シルバー色の電池式ポケットラジオに手を伸ばした。カチリと音量調節兼電源ダイヤルを回し、左耳にイヤホンを放り込む。
ラジオDJは爽やかに、そして落ち着いた声で、昨日総理が発表した緊急事態宣言延長について振れていた。私が病院のベッドに横たわり、ぼーっとしている間に、世間はどんどん大変な状況になっていってる。なんだか自身が社会の役にたってないのでは無いかと、謎の不安に襲われてしまう。「そのためにも早う退院せんとなぁ。」と溜め息をつきながら、私は病室の天井に向けて一人で呟いた。

入院していると、時間を何かで潰したいのだが、やはり一番はスマホ片手にネットになる。ただ、wi-fiが使えないのでネット使用量はガンガン上がっていく。少しでも抑えようと動画の類いは極力避けていても、気づけば5日で4GBを越えている。これはまずいとamazonで2日程前に書籍を頼むことにした。
きょうのできごと』と『きょうのできごと 十年後』だ。

昔からあまり読書はしない。読書が嫌いって訳ではないし、読み終えた後の読了感の素晴らしさは知っているつもりだ。でも、しっかり時間があるとき、ゆっくりしたいときしか読書は気が進まない。きっとそれよりも先に、私はネットの世界で文字を読んでいるのだろう。

そんな私が読んだことのある、数少ない本の中に

きょうのできごと: 柴崎友香 増補新版 (河出文庫) https://www.amazon.co.jp/dp/4309416241/ref=cm_sw_r_other_apa_i_1rtSEbVDFJ5PP

がある。

京都で開かれた引っ越し飲み会。
そこに集まり、出会いすれ違う、男女のせつない一夜。
芥川賞作家の名作。待望の増補新版。
---amazon内容説明より

日常の本当にどうでも良いような会話、友人の仕草、家の中に置かれているモノ、町の空気。それがほんわり詰まっている何も起こらない物語。それが堪らなく愛しい作品なのだ。

この本との出会いは、家族旅行で奈良に行った2003年頃のこと。当時大学生だった私は、弟が市立図書館から借りた本を手に取った。それが「きょうのできごと」。

舞台は京都南icの入り口から始まる。運転席の窓を開けて手を伸ばす緑色の高速券発券機。加速して本線に合流し、大阪方面へ走らせる車内に、スーっと流れていくオレンジ色の高速道路照明の光。トンネル内のくぐもった音。そして関西弁の他愛もない会話。全てが運転中によく見ている光景をふわっとリアルに描写していて、私はこの本に惹かれていった。

先述しているのだが、この本に出会ったのは家族旅行中だったので、皆が寝静まった後ごそごそと起き出し、旅館の薄暗い広縁(みんな大好き謎スペース)のソファチェアーに腰掛けて、じっくり本の世界と、広縁の静かな心地よい雰囲気を味わった。これが「きょうのできごとと」のご縁の始まりだ。広縁だけに...。

二度目の出会いは

きょうのできごと a day on the planet :監督 行貞勲 https://www.amazon.co.jp/dp/B0002ESL3C/ref=cm_sw_r_other_apa_i_EvtSEbB5ZFBFY

原作が行貞勲監督作によって映画化されたのだ。ちょうどこのDVDを購入した2004年、私は大阪の実家から出て、京都の会社に勤め始めたのである。なにせ独り暮らしは初めて、社会人は覚えることも一杯でくたくたの毎日。そんな日々に癒しを与えてくれた作品であった。京都の風景を目の当たりに生活しているのもあって、余計に親近感を覚えたのも大きかったと思う。

行貞監督は柴崎先生の作品に漂うふわっとした、何気ないリアルな景色(例えば大学生達のだらだらした飲み会とか、出町付近に漂う町の空気とか、明け方のサービスエリアとコーヒーとか)を見事に作り上げ、日常の決して大きくは無い、だけどかけがえのない幸せを感じさせてくれた。

きょうのできごと 十年後:柴崎友香(河出文庫) https://www.amazon.co.jp/dp/4309416314/ref=cm_sw_r_other_apa_i_FztSEbAMMDH5W

は、原作きょうのできごとの続編。しかし、発売当初手に入れる機会を失ってそのまま読めずにいた。ただ、書店に並んでいた帯に、行貞監督の

『僕はこの作品を、十年ごとに一生撮り続けたい。』

という言葉が書いてあって、この監督はこの作品を本当に愛してくれているんだなぁって思った。

そして2日前に戻るのだが、たまたまそのタイミングで着けたFMラジオから、行定勲監督が、この外出自粛の事態を受けてリモートで作ったYouTubeの短編映画を期間限定公開したことを知った。

タイトルは『きょうのできごと a day in the home

これは凄いタイミングだ。たまたまamazonで原作を頼んで、さらに続編を楽しみに待っている最中にこのニュースを知るなんて(公開開始したのは少し前)。

キャストは違えど、リアルな飲み会がふんわり繰り広げられてるに違いない。いや、私wi-fi無くて見れないんですけどね。

『きょうのできごと』のタイトルを使ってくれるのが嬉しいい。主人公、周りの友人が誰であれ、その人にとって他愛ない、ただ二度とは経験できない愛しい日常。それがきょうのできごとだから。

さて、この作品の原作者、柴崎友香先生もこの作品についてnoteで書かれていたので、引用させて頂く

てきとうに暮らす日記 19|柴崎友香 #note https://note.com/shibashibashi/n/n578dbe8411dc

あの旅行の日、旅館の広縁で出会った小説は、今もこんなに身近にあって、でも自身の入院生活や、コロナウイルスの驚異の影響で、日常の形や意味が変わろうとしている今に、他愛ない時間ってとても大切で、大事にしなきゃいけないと再認識させてくれる作品。わたしにとって、とってもご縁がある作品だ。

amazonでやって来る原作・続篇を、じっくり楽しもう。この時間も後になれば愛しい「きょうのできごと」になるのだから。

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