4-18. 息を整えていた俺の耳に、不意に「難波一」という言葉が飛びこんできた。
息を整えていた俺の耳に、不意に「難波一」という言葉が飛びこんできた。あわてて、まわりを見回す。いつもと同じような帰宅時の風景。いろいろと考えすぎて、空耳でも聞こえたのか。いや、そんなことはない。たしかに聞こえた。誰がこんな場所で俺の名前を口にしたんだ?
ホームの上に知っている顔はひとつもない。いくら俺が人付き合いを避けていたとはいえ、さすがにクラスメイトの顔ぐらいは覚えている。当然、他のクラスの連中とは、パソコン部の三人を除けば、接触したことさえない。ようするに俺のフルネームを知っているヤツは限られているはずだ。
もう一度、「難波一」という言葉が聞こえた。ホームの向かい側、ソフトモヒカン気味に髪を逆立てた学生がスマホを耳に当てて誰かと話していた。濃い緑色の詰め襟、先のとがった革靴。実際の年齢は俺と同じか、少し上ぐらいだろうが、格好のせいで老けて見える。
ホームをはさんでモヒカンと目が合った。モヒカンは、ちっと舌打ちをして目をそらす。まちがいない。なぜだか知らないが、モヒカンは俺のことを話していたんだ。
足が勝手に動いた。全力で階段を上り、反対側のホームへ向かう。途中、ホームに電車が入ってくる音が聞こえた。つんのめりそうになりながら階段を駆け下りる。モヒカンは俺の動きに気がついていた。向かい側のホームに着いた俺の目の前で、モヒカンを乗せた電車の扉が閉まった。
俺は走り去る電車を茫然と見送りながら、ざらっとした不安が汗のように体にまとわりついてくるのを感じた。会ったこともない誰かが、俺のことを調べている。
四〇分ほどかけて到着した地元の駅は、帰宅する人たちでごった返していた。
モヒカンを逃してからここまで、周囲の人間がスマホを操作するたびに気になってしかたがなかった。だからといって、スマホをいじっている人の手元をのぞくわけにもいかない。
それにしても――誰が俺のことを調べようとしているのか。
まず頭に浮かんだのは、アルミリークスにも書かれていたパペットマスターからの警告代わりの調査だった。もっとも、今のところ俺は、ひとつとしてルールは破っていないし、彼らに目をつけられるようなこともしていない。つまり、彼らが俺を調べる動機がなかった。
もちろん俺以外の誰かが、あの日のあとにルールを犯した可能性はある。その場合は、ユウシが他の三人にアルミリークスの内容について話した、ということだ。だが、あの日のユウシの言動から考えれば、三人の不安を無駄にあおるようなことをしたとは思えない。
パペットマスターでなかったら、いったい誰が―と思いながら改札を抜けた俺は、駅前ロータリーのガードレールに座り込んで電話をしている男の存在に気づき、息を呑んだ。
「……わかった。とりあえず、おまえはそっちを見張ってろ。イチが来たら――」
電話をしていた男が、言葉を切って顔を上げた。表情をこわばらせたままの俺と視線がぶつかる。
「ヒ……ロム?」
「……イチ、ようやく見つけたぜ」
ヒロムは乱暴に電話を切ると、ただでさえ細い目をさらに細くさせて歩み寄ってくる。俺のまわりにいた人たちが、その迫力に押されて足を止める。
「いや、どうやってこの駅が? 俺、教えたっけ?」
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