4-15.「もう俺を巻き込まないでくれ」

「もう俺を巻き込まないでくれ」

 自分でもひどく冷めた言い方だと思った。ほんの少しだけユウシは表情をくもらせた。

 俺はユウシに背を向けると足早に出口へ向かった。なにを話してもユウシを傷つけるような言葉しか出てこない気がした。扉を開けると、決まりの悪そうな顔をした三人と目が合った。

「……イチくん」「ど、どうしたのだね?」「………………」

「みんな、ごめん」

 とまどい続ける三人を振り切って、階段を駆け下りた。なんなんだよこれは、とつぶやいてみる。みんなにとって、あの場所は、パソコン部の部室は、どこよりも楽しい場所だったはずなのに。

 校門を出ると、思わず校舎を見上げた。雨が降りしきる中、五階の一角に蛍光灯の光が揺らめいて見える。でも、スマホを取りだして、なにかを確認する気にはなれなかった。

 しばらく校舎をながめてから、ゆっくりと駅へ向かう。途中にみんなで買い食いをしたコンビニがあった。

 ジュンペーはどんなに暑くなってもおでんを食べていた。トシは串に刺さった揚げ物派。指先が汚れるのがイヤで、ポテチもハシを使って食べると言っていた。ヒロムはとにかく辛いもの好きで、暴君だ魔王だマニアだと、袋を開けただけでむせるようなスナック菓子をばくばく食べていた。そして、ユウシはみんなが認める変な物好き。厳選カレーようかんとか、期間限定クラゲソフトクリームとか、特製豚丼チョコとか、およそ普通の人なら食べないような駄菓子ばかり食べていた。

 そういえば俺はなにを食べたんだっけな。

 無意識にズボンのポケットを探ってスマホを取りだそうとした自分にはっとする。指先に引っかかるガラスの感触。コンビニを通り過ぎながら、スマホをポケットの奥に押し込む。

 駅前の商店街に流れる間の抜けたJポップと傘に当たる雨音をBGMに、並んで歩く学生や会社員の傘の群れを早足で追い抜いていくと、いつのまにか周囲の音が消え、ただ、ぱしゃぱしゃと音をたてて歩く自分だけが、この世界にいるんじゃないかと思えてきた。

 もう苦笑いをするしかなかった。

 ――今、俺はひとりじゃないか。

 雨脚が一段と強くなり、傘をさしているのが無意味に感じるほど、全身に雨が降りつける。目に雨が入って視界がゆがむ。みんなが次々と軒先に避難する中、それでも俺は駅に向かった。

 家に帰ると、まずシャワーを浴びた。頭からザーザーと温水を浴びていると、雨で冷え切った身体が少しずつ温まってきたことがわかる。俺が部室を飛び出したあと、みんなはどうしただろうか。床にぺたんと座り込んだときのユウシの顔が浮かんだ。頭の中だけが、どんどん冷めていく。

 部室でのユウシとのやり取りを思い返した。アルミと一歩、距離を置くにしても、もっと言い方があったんじゃないだろうか。ユウシがあれほどアルミにこだわるわけを、もっと聞けばよかったんじゃないだろうか。聞けば、もっと別のやり方が考えられたんじゃないだろうか。

 頭の中で何度も思い返してみたけれど、答えは出なかった。

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