4-25.でも現実は、それだけじゃなかった。

 でも現実は、それだけじゃなかった。それを乗り越えて、時間を過ごそうとする仲間がいる。

「イチ、ぼけっとしてんな。授業が始まっちまうぞ!」

 額にするどい痛みが走った。いきなり妄想の彼方から現実の屋上に引き戻された俺の目の前で、ヒロムが二発目のデコピンをかまそうと、親指と中指を力いっぱいふり絞っている。

「今からそんな状態では、午後の授業で確実に寝てしまうのだよ」

「期末試験の直前だというのに、さすがの余裕なのです」

 全員で声を出して笑う。給水塔に反射した夏の日差しがギラリとまぶしかった。

 でも、その週が終わっても、期末試験が始まっても、ユウシは来なかった。自分が落ち込んだときのことを思い出して、あまりウザくならないよう、一日に一回の間隔でメッセンジャーを送ってみたけれど、既読になることはなかった。なんとかしてユウシをつかまえると息巻いていたヒロムも、本人が登校しない以上、足取りを追うことができずにいた。

 チームとしての活動は、アルミ対策から直面している試験への対策に変わった。俺たちは、期末試験の間も放課後に集まって、今度は試験のヤマを張り合った。思い出したように顔を出しては、アドバイスをくれるシイナ先生も、ユウシが休んでいる本当の理由はわからないようだった。

 結局、ユウシが登校したのは一学期の最後、終業式の日だった。ホームルームが終わり、浮き足だって帰宅する生徒たちに逆行するように、俺は職員室に向かっていた。夏休み中の部活動について、シイナ先生にあらためて報告をするためだった。ユウシは、ちょうど職員室から出てきたところだった。一礼とともに揺れる長い髪。こちらに気づいたユウシが小首をかしげた。

「やあ」

「体調は、もういいのか?」

「ああ。いろいろと心配をかけたね」

 二週間近く会っていなかったことを気にするそぶりも見せず、ユウシは淡々と話をする。

「チームの方もうまくまとめてくれているみたいで助かるよ」

「誰のせいだよ」

 ユウシは肩をすくめて、首を振る。

「誘ったのは僕かもしれない。でも、今こうしてやれているのは、きみ自身の力だと思うよ」

「どんなにほめたって、ごまかされないぞ」

 ユウシは腹を抱えて笑うと、俺の方をちらっと見てから歩き出した。

「少し話をしないかい。いいだろ、イチ」

 職員室から部室へ向かう間、俺はイチにこれまでのことを次々と話した。自分がゲームよりも大切にしたいと思っている仲間のこと、ゲームがなくても俺たちは仲間でいられると気づいたこと、なによりも俺自身が、そんな理想を信じたいと思っていること。ユウシは、俺がなにかを話すたびに「わかってるさ」とばかりにうなずいた。

 今日まで一切の部活動が禁止されているので、部室のある四階はがらんとしていた。いくら人がいないからといって、これまでの入り組んだ話を廊下でするつもりなんだろうか。話のきっかけを探る俺を気にも留めずに、ユウシはズボンのポケットからカギを取り出すと部室の扉を開ける。

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