4-6.シイナ先生は何度も「うんうん」と小さくうなずくと、目にうっすらと涙を浮かべた。

 シイナ先生は何度も「うんうん」と小さくうなずくと、目にうっすらと涙を浮かべた。

「さっきから気になるんですけど、先生は俺になにを期待しているんですか?」

「期待? 期待なら最初から微塵もしていないぞ。なぜなら、無駄にプレッシャーをかけないのが、私の教育方針だからだ。放置プレイ、大いに歓迎だ」

 聞いてみた俺がバカだった。だが、教育者が放置プレイというのはどうなんだ。

「先生の教育方針はわかりました。けど、生徒の多くは適度な期待と圧力がある環境下でこそ、やる気を出すんじゃないでしょうか」

「自分がそういうタイプだとでも言いたいのか、難波?」

「そういうつもりじゃありません。あくまでも一般論としての話です」

「なるほど……」

 シイナ先生は口元に手を当てて、思案顔になる。

「では、聞こう。まず、適度な期待とはなんだ? 成績が上がって、私にほめられることか? クラスメイトに感嘆されることか? それとも自分自身が成長したと知ることか?」

 俺は目をしばたたかせる。先生の地雷を踏んでしまったんだろうか。

「ちなみに圧力とは期待の裏返しだな。期待を失うことへの恐れが圧力になる」

「本当は自分の成長を期待するべきでしょうが、ほめられて伸びる人だって――」

「甘いな、難波」

 先生はゆっくりと右手を突き出して、俺の首を絞めるようなしぐさを見せる。ダース・ベイダーかよ。

「ほめられて伸びるというやつは、ほめられなければ何もしないやつのことだ。なぜ、そんなに他人の承認を欲しがる。うつろいやすい他人の承認など、しょせん、人生の生ゴミじゃないか。そんなものはディスポーザーに叩き捨てて、自分の人生を生きろ! やる気は自分の中から絞り出せ!」

 シイナ先生の魂の叫びに合わせたかのように、いきなり大音量で『絶望ビリー』のイントロが鳴り響く。

 ――心臓が止まるかと思った。

 でも、そんな俺のことは気にもしないで、先生は白衣のポケットから自分のスマホを取り出す。

「椎名だ。誰だか知らないが今は立て込んで」「…………」「なんだ。メリーさんか。いったい何の用だ?」「…………」「えっ? それで今はどこに?」「…………」「すぐ近くじゃないか! ちょっと待っててくれ」「…………」「大丈夫。もう用事は済んだ」

 スマホを白衣のポケットに戻すと、なにごともなかったかのようにシイナ先生はプリントを表に返した。俺は思わずプリントと先生の顔を交互に見比べる。「帰りまでに終わらせて、職員室の私の机の上に置いておけ」そう言い終わると、シイナ先生はそそくさと教室を出ようとする。

「あ、あの、先生、補講はどうなるんですか?」

「……生徒の自主性を重んじること。これもわたしの大切な教育方針だったっ!」

 俺の文句は、ぴしゃりと閉じられた扉によって強制的にシャットアウトされた。残されたプリントを無視して帰るという選択肢も浮かんだが、それはきっと、更なる地獄を呼び寄せることになる。

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