見出し画像

「最終目的地は」と問われたら、こう答えますけど・・・

いままで、ひとつの仕事に腰を落ちつかせることがなく生きてきた。
人に言わせると「我慢が足りない」「続けることができない」らしい。
けど、ボクに言わせたら「やりたいことが見つからなかった」だけである。

だから生きていくうえで、お金は親が準備してくれたから
ボクは無理してまで働こうとは考えなかったし
つける職種も限られていたから、あえて探さなかった。

そうしているうちに「なまけ者」とか「職なし」とか言われるようになったけど、それはそれで構わなかった。
評価の低いのはむかしからで、慣れてきてたし・・・
けど、親に心配をかけてしまったことは後悔の念が残る。

仕事を探そうと思い直した現在、何からはじめるかと考えた。
就職を斡旋してくれる人たちは、揃いも揃って同じ意見を言ってくる。
そして始めは、職歴をつけるため「単純作業からはじめなさい」と言う。

そう言われても「納得できないから今まで職を探さなかったのに」と思う。
妥協できるなら、自分の評価を下げてでも職探しする気があったなら、
いまのように「無職でけっこう」という状況に満足してはいないしだろう。

母は「人にものを教える仕事」を選んだ。
ボクも母の影響で「人になにかを教える職に就きたい」と心のどこかで思っていたが、そのための努力もして来なかった。
が、母に教えてもらった「人に教えるための基本」は何となく解る。
たしかにそのとおりと思う。

母が茶道を習うときに、「なぜ解らないのだろう」と思ったこと、
そして教えるようになったときに「なぜ理解してくれないのだろう」と感じたことなどから、ボクに教えてくれた「基本」は解りやすく、そのとおりだと思える。

それが解っていても、言葉がうまく使えず説明ができなくて、理解されないことがよくあったけど、いまは「だんだん」に、そこらも解ってきた。
だから、いま目指すのは、人にものを教える仕事に就くことだ。
それに就けなければ、特殊な職として「ものの見方を変える」ことを教える仕事に就きたい、まずないだろうけど・・・

そんな母の教えを受けたボクは、父の一家言ある性格も受け継いでるから
「思いっきり頑固者」だと自分でも思っている、むかしからだ。
人が正論を言っても、「納得せねば従うつもりもない」という性格である。
けど、信用した人にはついていくところもあるからうまく操ればいい。
もしボクがそれなりの能力を備えていると判断したら、
そして仲間にしたいと思ったら、ボクを理論的に納得させてください。
きっと「仲間にしてください」と自分から言うでしょう。
それがボクにとっての「きびだんご」です。

ボクはどこへ行っても「よそもの」に見られるけど、本当はそれを良しとは考えてはいません。母の職業上、年上の女性にかわいがられてきた自分が、「かまってちゃん」であるだろうと感じています。

そんなボクも「ひとり」で暮らす時がきて一年間「ひとり暮らし」をして
変わってきました、変わらざるを得ませんでしたよ。
ひとり暮らしを支えてくれた、近所の「ネコ」さんにも感謝してます。
大嫌いだった「ネコ」さんがスキになったのも素直になれた証でしょう。

自分に素直に、苦しくてもお金がなくても仲間がいなくとも頑張りますよ。
寂しくなったら、話しに行きたいけど「一休さん」じゃないからダメですね

最終目的地・・・

もう、伝わったでしょ・・・



ブルーライト浴びすぎてないですか? ファミコン1日1時間、パソコン1日好きなだけといいます。 そんなに書けないけど・・・また読んでください。