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イノベーティヴ、クリエイティヴ、インヴェンティヴ、テクノロジー、新しい認識


何かの目新しい制作物に指して、それがcreativeであるとかinnovativeであるとか、わりとその言葉を考えずに使うことは多い気がしている。僕は実は言葉を扱う仕事の社会人経験が一番長いので、その言葉の意味するところや、言葉同士の違いにはわりと敏感な方だ。
 
Creation、Innovation、Problem solvingといった一連の類語の違いについて、そして特に現在の仕事である料理や飲み物の分野におけるそれらの無邪気な濫用については、前から気になってはいた(自分の発言においても)。
 
それらは似ているようで全く違う言葉だ。例えばinnovation。これはラテン語の「新しくする」が語源で、J. シュンペーターによって「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」と定義された。Problem solvingは字面の通りで、ある課題に対してその困難を解消する活動であるゆえ、どちらかというとアートよりデザインと親和性が高い。Creationは「神の創造(or神的な絶対的創造性)」の含意があり、頭と身体の有限性に基づく人間の創作活動には使わないことがある。
 
料理の世界でinnovativeという言葉は、いくつかの例外を除いては『定型のフォームを要素に分けて、新しい技術で作り直したものに社会的なエッセンスをふりかけ、(時に過剰な)視覚的インパクトを意識して組み立て直した料理』に対して用いる。つまり、「テクノクラシーのユートピア」という、前世紀の古風な概念を何とかして延命させようとする経済活動の一つと考えて間違いない。
 
最近の若手料理人に求められる『料理を通して社会問題を解決する』系の思考はもちろんproblem solvingだ。料理コンペでもおなじみの課題だが、「社会問題」はシステムの問題なのに、「そのシステムの問題部分を温存した上で」という見えない前提がある課題は、結局「現実に強制された思考」でしかないわけで、そこにほんらいの意味での創造性は生まれるのだろうか(そしてそもそも問題は解決するのだろうか)?
 
じゃあ、人間の創造を正しく言い表せる言葉は何なのかと考えると、それはinventionではないかと思う。身につけた技術レベルがあがり、それにより認識が細やかになり、見えない課題を想定し、頭と身体の長時間の緊張(=創作活動)を経て、その結果とともに課題が明確に認識され、それが作品の中に結晶していることを自らが『発見』する、というプロセス全体を指す言葉だ。
 
僕は毎月、中村シェフの創造プロセスを間近で観察し、最初に作品を食べるという非常に特権的な立ち位置にいるのだが、美味しいか美味しくないか、お客さんに届くか否か、という視点で捉えたことは一度もない。大事なのは『invention』が感じられるかどうか。それは、『技術や知識の集積が新しい認識につながっているような料理』であるか否かということだ。

「サモトラは何料理の店なんですか?」というお客様のFAQに対しては、今後「インヴェンティヴ料理の店です」と答えることにしようと思う。それは、「何料理かはあなたが考えて思いついてください」というメタ的な問い返しを含んでいる。ジャンル分けは作者本人ではなく体験者が自分でするものでしょう?

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