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自転車

久しぶりに自転車に乗った。

家の近くにあったのに、坂の上に引っ越してしまったパン屋を目掛けてペダルを踏む。
地元の街並みは少しだけ変わっていて、秋のような風が冷たくて少し心細くなった。

灼熱の夏が嫌いなはずなのに、過ぎ去ってしまうと懐かしくてちょっぴり恋しくなってしまうのが情けない。

休日だから公園が賑わっている。子供の元気な姿をしみじみ見てしまう私は、もう子供ではない。けれど、子供でありたいと思ってしまう。前を向いて踏ん張って進む勇気がない。
もしかしたら私は子供より子供なのかもしれない。

風をきって走っていると、初めて自転車に乗れた日のことを思い出した。

幼稚園に通っていたとき、私は祖父母に買って貰ったピンクの自転車に乗っていた。補助輪はガラガラと音を立てて、地面を削るように動く。

クラスではもう既に補助輪無しで、自転車に乗ることが出来る子が増えていた。
今思うと、私はこの時から遅い子だったのだ。挑戦が怖くていつも物陰に隠れてしまうような性格が、この時から根付いていたらしい。

友達に家の庭で自転車に乗る私を見てもらう。
こんな不安定な乗り物を乗りこなすなんて、未知だったし一気に大人になりそうで怖かった。

まだ補助輪付きでしか乗れない、お茶目で甘ったれた自分をもうちょっと味わっていたかった。プライドなんかよりも、そんな卑しい気持ちが幼いながらピンクの自転車の隅に隠れていた。

けれども練習を積み重ねるとすんなりと飲み込める方だった。足で地面を蹴って、ぐらぐらと揺れるハンドルをしっかり握りながらペダルに足を乗せると、ぐんっと前に進んだ。

補助輪が地面を削る嫌な音もしない、その時の開放感は初めてのものだった。進んだほんの少しの距離が誇らしく遠ざかる。

補助輪が取れた記念すべき日。見ていた友達と母と喜んでいたのを横目に2つ下の弟が、私が乗り捨てた自転車に手を出す。

「もう1回みせて!」なんて私の勇姿を動画におさめた母の携帯を舐めるように見ていたその時、チリンと自転車のベルがなった。

振り返るとさっきの弟が余裕綽々に自転車を漕いでいた。もちろん補助輪はない。

驚いて言葉も出ない私の横で母が大笑いをし始めた。私に当たっていたスポットライトが一瞬にして取られてしまったのである。

こんなことを思い出したって仕方がない。
久しぶりに自転車に乗って気分が清々しかったのに、なんとも言えない思い出の引き出しが開く。

大好きなクリームパンに、チョコペンでキャラクターが描いてある。可愛くて思わずトレイにのせてしまう。家に帰って写真を撮ってから食べようと浮かれていたのだが、透明なパックに入れられたクリームパンは、パックが少し狭かったのか真ん中が折れ曲がっていた。
そのせいで描かれていたキャラクターの顔も微妙で、可愛く思えない。
きっとあの時の私もこのクリームパンのような顔をしていた気がする。

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