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まわっているお寿司を食べなくなったワケ【 前編 】

ぐねぐねとした山間をぬける小道。車1台とバイク1台が、かろうじてすれちがえるような小道をひたすら走りぬけた先、そこは楽園だった。

かぎりなく赤道にちかく気温はたかく。グッドな波がうちよせるサーフィンやボディーボードにもってこいのポイント。回遊している大きな魚から、精妙な味のちいさい魚まで釣れる防波堤。水産業もさかんであり、マグロからカキまで美味なものが食べられる。さらには、若いお姉ちゃんたちが集まる白い砂浜もある。

その白い砂浜に集まるお姉ちゃんたちをナンパし、ひと夏のアバンチュールをエンジョンしようぜ、と友人二人にさそわれ車をだし、くねくねと折りかさなる山道をウンツク運転し、木々がトンネルを作っている暗く鬱蒼とした山道を眼を皿にして運転し、かぎりなく常夏にちかい地方にたどりついた。その解放感たるや、雪国にふる細雪のように白い浜が鮮やかに眼に焼きついた。手をふっている女性はいなかったが、たいへん刺激的で煽情的な恰好をした女性たちの姿、ドラキュラの眼にクイを打ちこむがごとく網膜に映像として打ちこんだ。

結論からいうと、ナンパは失敗した。煽情的な女性をナンパするということは、戦場にいるように力とパワー、持続力とスタミナ、根気とやる気、元気、イワキが必要になってくる常在これ戦場なり。ギラギラと暑い日光が肩を焼き、白い砂浜からパカペカと乱反射してくる照り返す日光に眼を焦がされる、過酷な環境。そのなかを延々、西へ東、北へ南へとかけずりまわるのである。1時間でネをあげた。ビーチパラソルをたて、ビニールシートにねころがりビールを飲み、『 月と六ペンス 』を読んだり、まずいのにうまい焼そばを喰ったり、運転の疲れもあったので、ごろりうっちゃり寝たりおきたりしながら1日をつぶした。友人二人は、1日中戦場をかけずり廻っていたようだ。陽が暮れ、かえってきたその姿は、あわれな敗残兵のそれである。

1日目の夜は、地元の水産物を炭火で焼く店で夕食をとった。マグロのカマを醤油と調味料につけた料理。ほぼ骨じゃないのこれ、という大きく無骨な物体が炭火のうえにのせられる。炭火に醤油が落ちる。チュンッと音がたち、細い煙があがる。じわじわと炭火で炙られたマグロのカマが汗をかく。透明な汗。その汗が、炭火にふれたとき、マグロの一気通貫な香りが鼻をうつ、えぐりこむような香りが鼻をうつ。

すこし焦げたマグロの身に箸をいれる。身ばなれは最高。大きな白い武器になりそうなマグロの骨からつるりとマグロの身がとれる。その身は、ササミと胸肉の中間のような感触。むっちり、みっちり、ふわり、お汁がたれる、そのお汁はあくまでサラサラ。これがDHAか、健康になるだろうなと思わざるをえない自然の油。マグロの身を食べる、老人と戦った魚のような勇猛な旨味が飛ぶ。鶏肉に似ているなどと言われるが、ブロイラーとは、くらべようもない。地鶏よりは歯ごたえはないが、しっかりと噛める肉質。そこからは醤油だけでない旨味が舌にのる、とける、揮発する。しっとりと唇だけがぬれる。

明日こそナンパを成功させるぞ気焔をあげる友人。となりの座っていた地元のおっさんにオススメの店をたずねる、わたし。

1日目の夜は暮れていった。

2日目の朝は、肌がキシむような痛みからはじまった。ヒョロガリ、肋骨で洗濯ができそうな貧相な体。真っ白をとおりこして漂白といった白い肌には、常夏にちかい太陽の光線は刺激的すぎた、いや暴力的ともいえる。焼ける、いや、死ねる。

さて、2日目も白い浜辺を、マイケルの後ろで踊ってる人間のように、あちらへこちらへ、1時間ほどさまよいギブアップした。ナンパをつづける男たちの情念、執念、性欲のせいで、この白浜は暑くなり、温暖化しているのではと思う。汗を書いたあとのビーチで飲むビールがひどくうまかった。

2日目の夜は、1日目の店にいた地元のおっさんに教えられた店へといく。地元の魚をつかった回転ずしだそうだ、はやい、やすい、うまい、どこぞの牛丼のようなキャッチコピーのような回転ずしだそうだ。

クーラーがきいている、ひんやりとした店内。ありがたい。おおきいU字のレーンがふたつ。色とりどりの寿司がまわっている。U字の先端は壁につきあたっている。壁には穴があいておりレーンが通されている。レーンは壁の向こうがわにつながっているようだ。右側のU字はボックス席。左側のU字はカウンター席となっていた。ボックス席に座った。座ったボックス席の位置は、U字の右側のちょうど中間あたりのボックス席だった。

U字の先が見える席にわたしが座り、友人二人は、壁に背をむけるように対面の席に座った。とりあえずビールを3杯たのむ。ビールがくるまえに、お皿をかかえこむように、友人二人は皿を確保する。ちいさい皿に醤油をいれ、シャリに醤油をつける友人、ネタに醤油をつける友人。手で食べる友人、箸で食べる友人。食べ方はそれぞれだなと考えていた。

流れてくるお皿にのっている魚介類は輝いていた。海の幸をちいさいシャリのうえにのせたミニマムな芸術作品といっても過言ではないだろう。マグロは、ドリップをはいたであろう白く濁った赤色ではなく、ルビーよりもルビー色。ほそく白い線がはしり、切られた角は直角にそびえたつ。おれは直角と主張している。青魚をみろ、ごてごてとショウガや青ネギなどがのっていない。きらりと白い刃が闇夜に光るように青く光っているではないか、今宵の虎徹は血に飢えている、とつぶやきかねない冷涼さよ。薬味なぞいらぬという強い店の矜持をかんじる。イカなどは真っ白な死んだチョークのようではない、うっすら透明にも見える、しっかりとよく見ると隠し包丁がいれられている、小粋な技を見せつけられる。白身魚など水分だけといったペチャっとした深海魚のような白身などではない、すこし虹色がかった脂がしみだしている身など細胞ひとつひとつが叫びをあげているではござらんか。魚介類が生きて、ワーと声をあげ、シャリのうえで、わっしょいわっしょいお祭りをしている、たしかにこの寿司屋うまいと確信させられた。

友人二人が舌つづみをうちながら、とっては食い、とっては喰いする勢いがとどまらず、さらにペースアップしているのもうなずける。どっしりと重みを感じられるジョッキにいれられた黄金発泡水がやってきた。泡を突破させた黄金のお汁でお口をしめらす、なにから食べようかと寿司が流れてくるレーンの先を見た、いや、見てしまった、さきまで見る必要はなかったのだ、流れてくるお皿だけに集中しておけばよかったのだ。

レーンの先には、自然の太陽で焼いた、黒でも白でもない茶色の肌をした女性がふたつむこうのボックス席に座っているのが見えた。たぬき顔、八重歯がひかり、唇はぶ厚め。二の腕はむっちりとまではいかないが、10人中8人中の男がこのむ肉づき。チビTシャツをきており、その二の腕と胸部が強調されている。そして、おそらくサーフィン、もしくは泳ぐことを趣味にしている女性なのだろう。独特の髪の痛みかたをしていた。金髪でもなく茶髪でもなく、ふわふわと空気をふくんだ軽そうな髪質。その女性の髪は長く、髪の先端はひじに到達している。

その髪の先端が、寿司がながれてくるレーンにかかっているではないか。かるい髪質のおかげなのか、レーンにまきこまれず、寿司をひとなでしているではないか。あかんではないか。汚いではないか。

推理小説を読んでいたら、1ページめに犯人のネタバレをされたように、出撃した瞬間にうちとられた武将のように、寿司たちは、壁をとおった瞬間に、汚物へとたたき堕とされる。

清潔なもの、美しいものを汚したくなるのは人間のサガだ。それはわかるが、寿司に髪の毛はない。寿司だけではない食べ物に髪の毛はない。女性の髪の毛がいい匂いなのはしっている。あの髪に包まれてねたいと妄想したこともあるが、寿司と髪はない。

とんねるずやドリフターズの爆発コントのあとのような髪のように見えてきた女性の髪よ。へたしたらカピカピの酢飯ついてんじゃねぇの。

話声がきこえる、対面にだれかいるよね?だれも注意しないの?すべてのお寿司に髪がタッチダウンしているよ。わたしの食欲もダウンだよ。耳が聞こえなくなった音楽家が作曲した楽曲のように歓喜の声をあげていた寿司からは、喜びの声はもう聴こえない。ホタルの光がレーンから流れ、ドナドナされそうな気持ちになった。

対面の友人二人は、喜々として寿司をパクついている。わたしは、なにを彼らに言えばいいんだろう。イクラとカズノコを注文し机までもってきてもらった、イクラとカズノコをちびりとつまみながらビールを飲む。ビールはひどく苦くかんじられた。

友人の一人がそれだけしか食べないのかと尋ねる。じつは、後ろを見てくれと、寿司に髪をタッチダウンさせている女性のことを伝えた。一人の友人が激高した。有名な文学作品の冒頭ぐらい激怒した。髪をタッチダウンさせているグループと言いあいになる。髪がついていると大声で叫んだので他の客にまで騒動がひろがった。どうやら、カウンター席とボックス席のレーンは壁のむこうでつながっていたようだ。はちゃめちゃ、しっちゃかめっちゃか。パリンとガラスや陶器がわれる音、男のドスのきいた怒号、女性のキーンとくる叫び声、子供のつかれを知らない泣き声、おろおろと入れ歯を探すようにアタフタする婆ちゃん、手と手をにぎりあっている女性バイトたち。皿が飛ぶ、ネタもシャリも飛ぶ。店長やら店員やら、あげくの果てには警察もきた。

ネタならどれだけよかったか。

騒動がおさまったあとも激怒した友人は、なぜ教えなかったと怒りがおさまらなかった。もうひとりの友人があいだにはいり、その日は就寝した。

3日目、1晩寝て起きても激怒した友人は、むっつりと声をだすものかと口を真一文字にむすんでいた。弟に椅子にう◯こをもらされ岩戸にひきこもった女神のごとく心をとざしている。あれやこれや話かけるがノーリアクション。空気がおもい、天国にきてこんな空気のなか遊びたくないと思った。シラケたわたしは帰ることを提案する、しかたないと賛成する友人と無言の友人。

ツンツンと険悪などんよりとした車内の空気。ひとりで黙々と運転するわたしの神経はチリチリと削られた。そういえばガソリン代ももらっていない。ねぎらいの言葉もない。静かなだけでなく不機嫌なオーラーをまきちらす置物をなぜ運搬せねばならぬのか、阿呆くさい。気のよい友人がイヤな空気をなんとかしようと悪戦苦闘するが、口をきかない人間をどうすることもできない。

後の席でむっつりしているの置物を、駅にひきずりおろし、荷物をほうり投げ、ドアをしめ、アクセルをふみこみ家路についた。木造の駅の改札口にポツンとたちすくんでいるお地蔵さまのようにみえる友人。バックミラーでその姿をみる、アクセルをふむ、ディゼールエンジンの鈍い音と、真っ黒な煙をだしながら走りだした車。

郷ひろみが、ラジオの向こうでアチアチ歌っていた。

【 後編 】へ続く。

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