#カラフル

「書くなよー!」
「えー、イイじゃん♡」
朝の穏やかな、生まれたての海。
白いブラウスにスカート姿の学生が2人、波風に揺れる。
静かな波が足元の「愛海」という文字をサラってく。
「....。」
砂浜がイキモノのようにプツプツと産声を上げる。
タイラだ。何もかも。
水平線も、浮かぶ船も、波音も。
この世は、とにかくタイラでタイクツだ。

「愛の海って書いて、マ・リ・ン...いい名前じゃない!私、スキよ♡」
秋山深月。深い月とかいて、ミヅキ。
天真爛漫、頭脳明晰に加え、帰国子女。
4歳〜9歳までをアメリカで過ごし、両親は離婚。
祖母に預けられ、今もこの街で暮らしている。
高校に入って初めてデキた、トモダチだ。

「ホラァ、見てよぅ!私なんてMiーduーkiだよ、みぃでゅうきぃ〜」
まるで波と砂浜のオーケストラを奏でる指揮者のように、リズムよく流木を振り下ろす。
スラスラっと書き上げたその美文字は、またしても波にカキ消される。
変えられない。決められた世界に、決められた名前。
「Miーzuーkiだとミ・ズ・キなの、わかる?私は、ミ・ヅ・キーーー!」
指揮棒が叫び声と共に、朝の海に飛んでいく。ゆっくり、ゆっくり、落ちる。
つにテンテン、すにテンテン。当事者にしかわからない、苦悩。

「あ、リョウ来たー!おっそいじゃーん!」
白シャツに黒のスラックス。
すらりと伸びる白い両腕を振りながら、
「ごめんごめ〜ん、バイトだったからさ、寝たの5時ぃ!」
やってきたのが、高峰崚。幼馴染み。
母親同士が知り合いで、10数年来の仲だ。
毎朝ココで待ち合わせしてから、3人で学校へ向かうのが日課だ。

「2時間しか寝てないじゃーん!おっ肌にワルイよんっ♡」
ミヅキのキラキラした指先が、リョウのほっぺを捕らえる。
「お手入れしてるから大丈夫。それよりこの前貸したネイルクリームまだ返してもらってないー」
「えー、返してなかったっけ?!」
ガチャガチャとカバンをかき回す。
ミヅキは頭がいいのにキホン勉強はしない。だからカバンの中身は、いつもケショウ品オンリー。
「あたー!ごめーん、リョウ!ありがとねん♡」
今度は両手をリョウの首の後ろに回して、ほっぺにキスだ!

リョウは、中学の頃はサッカーに明け暮れてたけど、推薦がきてた私立高校を3つもケッて地元の高校に入った。
母親と小学生の妹の3人暮らし、生活のタメだった。
少しでもタシになればと中3最後の春休みから週7でバイトしていて、高校に入学してからも続けている。
成績は申し分ないし生活態度もいいリョウは、先生たちのお気に入りだ。
不公平なのか、公平なのか。
運命はもう決まっていて、変えられないのか?

「リョウ、バイトのセンパイとはどう?」
「あぁ、いい感じだよ...」
ほっぺについたミヅキのリップクリームを必死に手でヌグう。
下からのぞきこむミヅキが「Really?!」と返す。
(めっちゃイイ発音!)
「ホントだよ、今朝も朝までシフト一緒だったし...」
「じゃなくて、...言ったのかどーかってこと!」
「あぁ、...それは、まだ...。」
リョウは、男で「オトコ」がスキだ。いわゆる、LGBTの「G」だ。
最初に気づいたのは、この「オレ」。

あぁ、「オレ」は、川口愛海。女で「オトコ」。いわゆる、LGBTでいう「T」ってヤツ。
物心ついた時から、心はオトコ。
「オトコっぽい女」じゃなくて、マジでガチなヤツだ。
だから、そう、つまり、ミヅキはオレにとってイチューの女になるワケで。

オレも「オレ」に気づいたのは、リョウに気づいた頃と同じ。
誰もが思う「自分のことをわかって欲しい、知っていて欲しい。」そんな気持ちを分かち合うヤツが、たまたまそばにいた。
守ってやりたい、家族のような存在だった。

「リョウはめっちゃ女子力高いから、ダイジョブー♡」
今度はミヅキの手のひらが、リョウの頭の上でポンポンだ!
オレはオレで、まだミヅキには気持ちを伝えられていない。
このままずっと一緒にいれたら、高校を卒業したら、一緒に暮らしたい。
いずれ、家族になれたら。
そう言えたら、もし言ったら...今のこの関係はドウナル?

「イツワリなく、生きたいよ、ね〜...。」
ミヅキの視線がオレたちを越えて、海の果てを捉える。
この3人が抱えている日常。常識。フツーのスタンダード。
いつかは何もかもオープンになる日が、来るのだろうか?

遠くでチャイムの音が鳴る。
「ヤッバ、またチコク!ほら、マリンちゅわ〜ん♡いっくよーん!」
「だっから、ヤメロって...!」
学校へと続く、急傾斜のサカミチ。
スカートをカバンで抑えないとパンツ丸見え!
男らしさや女らしさを象徴する制服も、いつかは変わるのだろうか?

いつもの居場所。
「オレ」がオレでいられる場所が、この3人。
世界は人と人とが関わり合って、お互いを理解し合うことで作られていく。
「リョーーゥ、はっしれー!そんなんじゃ、センパイにフラれるよー!」
「えー、なんでぇー?!そーいえば、この前貸したグロスも返してよ〜!」

走れ、カラフルな、ミライへ。

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