2020年真夏の表参道と伊藤病院

2020年8月15日(土)。猛暑続きのお盆の締めくくりとなる土曜日は、口を開けば「熱中症」、少し動けば「猛烈な暑さ」、夏の勢いとマスクとの葛藤が社会を包む不思議な日だった。不思議と思ったのは、私が久しぶりに電車に乗り、都内に出かけたからかもしれないが、いや、でもやっぱり不思議な日だった。

その日私は表参道の伊藤病院に向かった。自己免疫性肝炎でステロイド治療を開始してから初めての通院。ついに、前から言われているバセドウ病の薬の変更がなされ、治療が開始されるのだろうか。そんなドキドキを胸に向かった。ちょっとザワつく心。だからなのか?何かがおかしい。いや、これは気持ちの問題だけじゃないだろう。何かがおかしいぞ。

横断歩道を待つ私はどこか違和感を覚えていた。

あ!

いつもならたくさんの人でごった返している伊藤病院の出入り口に人がいない!

休診かと思ったが、明かりはついているのでそうではないらしい。今日はやはり何か違う。

横断歩道を渡り病院の中に入る。こんなに人がいないのは初めてだった。受付時間13時過ぎで5091番。奇跡の数字かもしれない。採血を行い14時からの診察開始を待つ。この人数ならすぐに順番が来るだろう。久しぶりの東京をちょっとだけ楽しもうと、私は散歩を始めた。

それにしても暑かった。だからなのか。やはり何かが違う。街に人はいるのに人がいない。商業施設に入ってみる。施設に人はいるのに、ショップの中に人がいない。雑貨屋さんに立ち寄ってみる。お客さんはいるのに、レジはガラガラ。

自粛ムードな春の頃、活気が戻ってきていた初夏の頃は、人の混雑具合と街の勢いが連動しているように感じたが、この夏の街はなんなんだろう。動きたくて仕方ないと言わんばかりの人と、でもそれをグッとこらえ、迷う心がうごめくようなそんな街並みだった。気づけば原宿近くまで歩いてしまったが、若者であふれているはずのこの町ですら、表参道の空気と同質の匂いだった。

そんな間に1時間経過。病院に戻るとすぐに番号が掲示された。診察は新しい先生だった。いつも診察してくれていた先生が産休に入り、前回の先生はこの日お休みだったため今回も新しい先生。「小学生から通われてますね」といったお決まりのフレーズから入るのかと思いきや、この先生は違っていて安心感を覚える。今に目を向けてくれていることに。

今回の血液検査の結果も安定を保っていた。

AST: 20
ALT: 31
γ-GTP: 27
TSH: 1.35
FT3: 3
FT4: 1.43

ステロイドを始めて何かあるかと思いきや、いたって平静を保っている状態。

今回薬を変更するかを尋ねるも、以前ヨウ化カリウム1錠で効かなくなり2錠になり、それが効かなくなるだろうを見越して薬の変更を検討していただろう前回までの先生の心境も読み取った上で、副作用がないこの薬で状態維持できるのであれば維持できなくなるまで、このままにしたほうがいいという判断を説明してくれた。この先生、説明がいちいち納得できる。

自己免疫性肝炎もバセドウ病もどちらも同じ免疫疾患であるがゆえ、ステロイドの治療でもしかしたらバセドウ病も改善されるかもしれない。それであれば、こちらの治療は副作用を極力抑えた形で継続していくほうが得策だろうということだ。

わかりやすい。ずっと先延ばしにされ続けた薬の変更。たとえ同じだとしても理由が分かったことと何が起きたらどうなるかが見えたことに、私は安心した。そして家から抱えきた薬の変更への覚悟もむなしく、今回もこれまで同様ヨウ化カリウム丸の毎朝2錠服用の処方をもらって帰路に就くこととなる。この結果に私の心が迷いも戸惑いも感じなかったのは、先生が理由をちゃんと伝えてくれたからだろう。

会計を終え外に出ると、15時手前の一番強い日差しがギンギンに肌を刺してきた。

私の心はスッキリしていた。しかし、人がいるのにいない雰囲気の街はやはり違和感がある。

街も社会も私も、これからさらに変わっていくのだろうか。

新しい時は、どんな風を吹かせるんだろう。

そこにはどんな装いを整えればいいんだろう。

オシャレタウンな表参道からの帰り道、ショーウィンドウを眺めながらそんなことを考える。楽しかった思い出とこれからを感じながら、すっきりしたはずの心が揺れ動いてしまう理由を探す。

いま流行りの歌で表現を拝借して、ドルチェ&ガッパーナの香水のせいってことにしておこう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?