【小説】媒介 その六 思い出す

仕事デスクに向かうと、あの子供の後ろ姿が、立ち上がり中の暗いデスクトップに浮かんだ。
だからといってプロット書きに手がつかないという事はなく、カタカタとキーボードは踊った。
締め切りへの強迫観念と、まだ掴まえられない子供の影、どちらが空想力に作用したのだろうか。
金と命。
もちろん命の方が大事だが、今は金の亡者と罵声を浴びせられても聞こえないくらい集中していた。
そして、手が止まった時。
また思い出してしまった。
だが体からは別の反応もあった。
「里帆〜! 今日ごはん何〜?」
こだまが聞こえそうなくらい他の音は聞こえなかった。
ああ、出かけたのか、と納得して、居間に向かった。
もぐもぐとパンをかじっていると、彼女のことが気になった。
帰りが遅くないか。
どこかで寄り道している?
知らない男と並んで歩いているイメージがふっと脳裏に浮かんだ。
そうなったら、またあれほど全速力で走れるか。
考えているうちに、陽はすっかり仕事を終え、帰路に着こうとしていた。
かちゃっとドアが開く音。
いつも見慣れた光景なのに笑顔で駆け寄った。
なに〜と、驚く里帆に勢いよく抱きついた。
笑い合う二人は、どう見ても幸せだった。

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