見出し画像

ポストが消えた街

その日、街からポストが消えた
コンビニの前にあった赤いポストだ

最初に気付いたのはアルバイトだった
出勤時に違和感を覚えた
いつも見ている光景だったが、その日はどこかバランスが悪く感じたのだ

その違和感の正体がポストだと気づいた時、街では別の人間がその消失に気づいた

郵便配達員だ
その道20年のベテランだった
確かにいつもこのポストを通っていた
数こそ多くないものの、コンビニのついでに投函する人がいるのか、毎日一定量の郵便が入っている
そのポストが忽然と姿を消したのだ

だが、配達員は冷静だった
ポストがないということは、回収できないだけでなく、投函も出来ないのだ
だとしたら何の問題もない
少々不便だが、郵便局まで直接持ち込んでもらえばいいのだ
何よりこの時代に、ポストを切望している人がいったい何人いるだろう

次に消失に気づいたのは近所の猫だった
いつもポストの上で体を休め、陽の光を浴びていたが、その日はそれがなかったのだ
猫は仕方なく駐車場に停まっていた車のボンネットを選んだ

最後に気づいたのは近所の老夫婦だった
暑中見舞いを出そうとした時のことだった
少しの間考えこんでいたが、決心がついたのか、「メールで送ろうか」と言い残し、その場を去った

他にポストの消滅に気づいた者はいなかった

街からポストが消えた
それは、ある一瞬のうちに姿を消したのかもしれないし、或いは元々存在していなかったのかもしれない

少なくとも、アルバイトと、配達員と、猫と、老夫婦以外にとっては、元々存在していないのと同義であった
そして彼らでさえも、いずれ消失したという認識は薄れ、何事もなかったかのように日々が過ぎていくだろう




この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?