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離職率の高い飲食業界。現場をやめてもスキルを活かした仕事で食に関わってほしい

いつもたくさんの方に読んでいただいており、本当にありがとうございます。noteでは、イタリアンレストランのオーナーシェフである僕が、普段、考えていることをお店のスタッフに語りかけるつもりで書いています。

先日(2023年10月20日付、厚生労働省から「新規学卒就職者の離職状況」)が公表されました。2020年3月に卒業した新規学卒就職者の3年経った現在の離職状況を取りまとめたものです。

高校卒業と大学卒業別にみると「宿泊業,飲食サービス業」がともにもっとも離職率が高い業界と報告されています。実際の数値を見てみると、高校卒が62.6%、大学卒が51.4%で、半数以上が離職しており、全体の平均がそれぞれ37.0%と32.3%であることを比べても、ひじょうに多いことがわかります(出典)。

あくまで新卒3年の離職率であり、キャリアアップなどの転職などは含まれないので、そのまま若者世代の業界離職率として話すことはできませんが、この数字を見て経営者として考えさせられることが多くあります。

変わりゆくスタッフのニーズにどう応えるか

ブリアンツァは、離職率が低いですよね」といっていただくことがあります。働きつづけたいと思える会社を目指していますので、そういっていただけるのは、とても嬉しいことです。さらに同業のみなさんからは「どうしているのですか?」と続けて聞かれることも多くあります。

ひとつのことで話が済むことではないのですが、あえていうなら「変わりゆくスタッフのニーズにどう応えるか」ということを考えているのは、大きいと思います。

たとえば、入社して何年間もタマネギだけをむいていろといわれたら、それは絶対に辞めたくなりますよね。新しいポストや仕事をつくっていくことはとても重要です。

それに人生は、自分の意志ではどうにもならないことがあります。コロナ禍のように社会情勢によって左右されることもありますし、周囲の環境の変化、たとえば急に故郷に帰ることになることもあります。

そして料理人として、サービススタッフとしての成長はもちろんですが、そういった周りの変化を受けて入社時とは違う「私はこんなことがやりたい」という思いが生まれることも当然です。

たとえばブリアンツァグループでも、現在バックオフィスを担当してくれているのは、元料理人の女性です。7、8年料理をしてからホールに転向して5、6年、最終的には店長になって店をまとめてくれました。

彼女は自分でExcelやWordといった飲食人が苦手なパソコン作業も勉強していました。ちょうどブリアンツァグループが店舗展開をしていく最中だったこともありデベロッパーさんと組んで店舗開発をしているのを横で見ていると、「店舗開発に携わりたい」という思いが強くなり、バックオフィスを担当したいと考えたといいます。

店舗開発は、多岐にわたる仕事です。レストランでサービスするのとは違い、ディベロッパーさんを含めて飲食業界以外の人とコミュニケーションをとる必要もあります。大変なことではありますが、それでも実際に飲食の現場を知っているというのは、大きなアドバンテージで未経験の人が関わるよりもはるかに良い点があると思っています。

もちろんバックオフィスの仕事は、店舗開発だけではないので、ほかの事務的な作業をしてもらうことになりますが、その場面でも現場に近い存在で社内のことを見てくれたり、外部の方々と接してくれる存在は、すごく貴重だですし、会社としても良いタイミングで言ってくれて、事業がさらに加速していくのではないかと、楽しみにしています。

飲食の現場は離れてバックオフィスに移りましたが、彼女の現場で過ごした時間は必ずやブリアンツァグループにとってプラスになるはずです。

元料理人のフォトグラファーなら料理人視点の写真が撮れる

ふたたび手前味噌な話になってしまって恐縮なのですが、ブリアンツァの元店長のなかには、退職したあと故郷に帰って、家業のキノコ農家を継いだ人がいます。

彼は今、農家をしながら地元のレストランとコミュニティをつくってキノコを売り出す取り組みをしています。農家だけをしていたら飲食店と一緒に取り組みをすることはできないとはいいませんが、始めるのに苦労したと思います。それが元外食経験者というだけで、先方と会話がスムーズで話がまとまりやすかったはずです

飲食を広く支える仕事はたくさんあります。現場だけにこだわるのではなく、そこで得たスキルを活かした仕事で食に関わっていくような、業界内でピボットしていく選択ももっていてほしいです。

たとえば飲食出身のフォトグラファーやライター、広報も貴重な存在になると思います。今はとくにSNSがオウンドメディアとして集客に繋がるようになりましたから、お店の良さを伝えるフォトグラファーやライターは、お店の代弁者として活躍できると思います。

料理人ならとくに感じると思うのですが、自分で作った料理のもっとも撮ってほしいアングルがあったりします。もちろん撮影に来ていただいているフォトグラファーさんはプロフェッショナルですし、媒体ごとに伝えたい内容も違うので撮影の方法は違います。ですので取材を受ける際に僕の方から言うことはありませんが、オウンドメディアの場合ならば、「このアングルの方がいいかも」とフォトグラファーさんとディスカッションすることはあるかもしれません。

そんな時に、その方が元料理人であれば、料理人ならではの感覚を共有できますし、コミュニケーションがとりやすい。良い撮影ができるんじゃないかと思います。

そうやってある種のマインドコントロールをすることは大切で、それは「自分のスイッチを自分で切り替えなくてはいけない」ということでもあると思います。だから「料理しかやってこなかった」ではなくて、「料理するために何をしようとしてきたか」という自分のバックスキルを考えてみる。そこから自分をリビルド(再構築)することができたらいいですよね。

社会が劇的に変化していることを企業が飲み込めていない

今、新しくバックオフィスに入ってくれたスタッフは、もともと大きな飲食グループで店舗開発などをしてきた人です。会社を大きくしようとするフェーズでは、そういった知見が社内にあるのは僕自身も勉強になりますし、そういったデリゲートする(任せる)ことが必要にもなってきます。

デリゲートする、つまり僕自身は料理と経営に専念するし、スタッフはそれぞれの立場で仕事に専念してほしい。さらに会社が大きくなっていくなかでは、足りない部分については外注するというのも大事なことだと思っています。

今は広報やPRについて外部にお願いしています。これは会社が大きくなっていくなかで、SNSなどのオウンドメディアだけでは伝えられる範囲が足りなくなったことがあります。やはり長年食の業界でやってこられた広報やPRの方々に入ってもらうと、スピード感が違いますし、届く距離も違います。

外部の人は、僕がもってない才能をもっています。同じように今いるスタッフも全員、僕にはない才能を必ず何かもっています。

それを発掘するのも僕の仕事だし、それを見つづけるのも僕の仕事。さらに、それに沿った仕事を生みだすまでが僕の仕事だと思っています。

それでも、勤めている店を辞めたいと思うことは、仕方がないことだと思っています。

もちろん経営者として長く続けてほしいという思いはありますが、その人の個性や環境もありますし、その時点で店として求めるものもあると思います。それは単に「合わなかった」だけであって、その人が飲食業界に向かないというわけでもありません。むしろ別の店の環境のほうが合っていることもあるはずです。

そういった変化をきちんと飲食業界が全体で受け止めていかないと、離職・他業界への転職は止められないのではないでしょうか。

とくに僕は、ここ10年や20年で社会が劇的に変化していることを、飲み込めていない飲食店や企業が多いように感じています。労働基準法の改正にともなう新しい36協定が、大企業で2019年から、中小企業では2020年から施行されています。ブリアンツァグループ(株式会社Signal)でも協定を社員と締結しています。

しかし飲食業界では、いまだに社員はタイムカードを押さなくていいという店も多いです。それなのに人材がいないとか、いい人が欲しいという話を聞くと、正直「それは無理でしょう」と感じてしまいます。良い人材が入ってきて欲しいなら、それだけの土壌を用意しないと人は入ってこないと僕は思うからです。

そういう意味では、1年半前に最初のnoteに書いた「外の業界の人に堂々と見せられる会社にしよう」という思いは今も変わっていません。まだまだその途上で必死に良い会社にしたいと進んでいる最中なのです。

ラ・ブリアンツァ」オーナーシェフ
奥野義幸

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