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短編集 | とある街で | 9:00 p.m.レイトショー、ポップコーン

とある街の、ある日。
どこかにいるかもしれない9人の物語。
知らない誰かとも、どこかで繋がっている日常を、
おやつと共に描く短編集。
(2021年11月開催 絵とことばの個展「おやつ展2」より)

企画資料をまとめていたらこんな時間になってしまった。急いで会社を出て、映画館へと走る。

郊外のシネコンを除いて、この町の映画館は一つ。社会人になって引っ越して来た知り合いのいないこの町での楽しみは、専らここで映画を観ることだ。

金曜日の夜ということもあり、映画館は混んでいた。夕方六時台の上映が終わり、観終わった人がぞろぞろと出てくる。チケット売り場でレイトショーのチケットを買い、スナック売り場へと移動した。

古い映画館なので、フードの種類は少ない。ドリンク、ホットドッグ、ポップコーンの塩味のみ。コーラとポップコーンを買って、シアター3へと移動する。

大々的に広告を打っているハリウッド系の話題作に人が集中しているのだろうか、名も無い俳優が出ている地味な邦画を上映するシアター3では、最前列でおじいさんが寝ているだけだった。

青いシートに腰掛けて一息つく。

ふと、午前中の打ち合わせのことを思い出す。社会人になって丸二年、広告代理店に入社した。仕事にやりがいはあるが、しっくりこない気持ちは日々拭えない。

広告業界は、リップサービスがうまい人が多く、自分の上司もそういう意味で話がうまい。だけど自分は、思っていないことは言えないし、違和感を見過ごすことがどうしてもできない。だから、とっつきにくいと自分でも思う。そんな矢先、取引先の人につい本音を言ってしまったのだ。

映画も、広告の仕事も、仰々しい謳い文句や、強引な褒め言葉などよりも、もっと自然なものに惹かれる。自分がやりたいことって、本当に広告なんだろうか、改めてそう思う。

上映まであと数分。ポップコーンを口に放り込む。うまいわけではない。普通のポップコーンだ。でも、これを食べながら、誰にも干渉されずにスクリーンの世界に浸るこの時間がとても心地いい。

上映ぎりぎりで誰かが入って来た。レイトショーに来る人はみな、同じような気持ちなのかもしれない。

シアターの照明が落ちていく。

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